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南充浩note:アパレルが製造原価を上げるためにすべきこと

洋服の在庫問題がかまびすしいですが、ちょっとヒステリックな論調が目立つ印象もあります。また、あまりにも過剰に叩きすぎる識者やメディアも少なくないため、健全な議論が阻害されている印象もあります。業界の実務に従事したことがある識者はまだしも、メディアの論調はちょっと表層すぎる場合が多く、メディアからの情報で物事を判断する業界外の人たちの意見形成を却ってミスリードしている部分が少なくありません。これが起きる理由は、メディアに携わる多くの人がアパレル在庫関連に関わる業務を経験したことがなく、十分に理解できていないからです。ですから「単に在庫数量を減らせば良い」というような論調を生んでしまうのです。在庫コントロールの業務に密接に携わるのがマーチャンダイザー(MD)です。マーチャンダイザーという仕事は、経営・生産・企画のすべてに携わるため、非常に複雑な業務内容で、専門性の高いノウハウが必要となります。このため、実務に携わったことのない人間が、それを正しく報道することはほぼ不可能に近く、また実務経験のない受け手側も正しく受け取ることができません。もちろん、自分もマーチャンダイザーの実務を経験していないので、詳細な数字による検証は能力的に不可能です。それを踏まえた上で今回は考えてみたいと思います。(南充浩=フリージャーナリスト)

MDの基本「五適」の精度を高める

在庫問題については究極的にはマーチャンダイジングの五適の精度を高めるほかに解決策はないと思っています。五適とは適品・適量・適時・適価・適所です。平たくいうと、適正な商品を適正な量で、適正な時に、適正な価格で適正な場所で売れば売れ残りは生じないということになります。

それが出来たら誰も苦労はせんわ!

というお怒りの声が聞こえてきそうですが、原理原則としてはそうなのです。特に「適量」ということに関していえば、過不足なく売り切るというのがマーチャンダイジングの理想といえます。「欠品による機会損失」を極度に恐れたのが、高度経済成長期から90年代後半までの国内アパレル業界でした。何せ、作れば作るだけ売れました。売れ残ったとしても夏冬のバーゲンで値下げすれば完売しました。

ですから、この時代のアパレル各社のマーチャンダイジングというのはほぼ「欠品させないこと」に注力されていたといえます。夏冬のバーゲンで売れ残ったとしても、百貨店やファッションビルでの定期的な催事で売り切ることもできました。ですから、この時代のアパレルは「迷ったら多めに作る・迷ったら多めに仕入れる」というメーカーやショップが少なくありませんでした。

しかし、2005年くらいになると、如実に洋服の売れ行きが鈍ります。もうこの頃になると夏冬のバーゲンでいくら値下げしても売れ残る物は売れ残るようになります。

マーチャンダイジングの「適量」とは「過不足ない量」なので売れ残り品が多すぎるのは言うまでもなくマーチャンダイジングの失敗ですが、足りなさすぎるのもまたマーチャンダイジングとしては失敗なのです。(欠品による飢餓感を演出するというプロモーション手法はありますが)

近年、不良在庫の廃棄問題が過剰にクローズアップされ、「在庫=絶対悪」かのように煽り立てる報道機関やコンサルタントが増え、それゆえに「やみくもに仕入れ量を削減する」ことが称賛されるような風潮が強まっています。しかし、「単に仕入れ量を削減した」だけでは売上高は減ります。商売の原則として「欲しい売上高に応じた仕入れ量が必要」になります。
オーダーメイドやオートクチュールのような完全受注型のブランドやショップ以外では注文を受けてから製造する(または仕入れる)ということはできませんから、あらかじめ数量を製造しておく(または仕入れておく)必要が出てきます。そのため「適量」への見極めが求められます。

完全受注オーダーメイドブランドが多数生まれることは当然だとしても、世の中に存在する全ブランドがオーダーメイドに切り替わることはあり得ません。

セール・バーゲン前提の価格設定に限界

さて、定められた販売期間内で商品が売り切れない場合、通常は値下げして販売して売り切ろうとします。これが夏と冬のバーゲンの起源です。バーゲンでも売り切れない場合、世間が考えているよりも在庫を売りさばくシステムが業界には存在し、百貨店・ファッションビルでの催事やファミリーセール、アウトレット店、ネット販売での値引き処分などなどがあります。ただ、これらで処分する際の値引きは、通常は粗利益を削って値引きすることになります。

またフルカイテンの瀬川直寛社長は、講演において次のように指摘し、持ち越した在庫の評価減が営業利益を減らしていることに言及しています。

在庫と粗利の関係
在庫と粗利の関係2

上図の例では、9000円の売上を立てられたと喜んでいてはいけません。5000円の在庫がBSに蓄積しています。こうした在庫が、コロナ危機によってお金に換えられなくなったのです。また、在庫は資金繰りに影響するだけでなく、粗利に余計な影響を及ぼします。下図のように、売れ残った在庫は値引き販売と評価減(商品評価損)を誘発します。

値引き販売による粗利益の減少、在庫評価減による営業利益の減少を考慮して、それでも利益額を確保するために、多くのアパレルは製造原価・仕入れ原価の切り下げをこれまで以上に強く求めるようになりました。

商売の基本は「できるだけ安く仕入れてできるだけ高く売ること」にありますから、この姿勢は一概に間違っているとはいえません。しかし、近年は低価格化と販売不振が相まってともすると売れ残りやすい環境であるために、原価を過剰に下げようとするところも珍しくありません。

ただ、メディアや自称識者が煽るほどには、SPA企業や大手セレクト、大手アパレルは在庫に鈍感なわけではなく、むしろ専門の業務ですから、かなり深く考えているというのもまた実態です。

一方で、原価、特に製造原価を過剰に切り下げようとしすぎると、商品の同質化が起きやすくなります。洋服という商品は、他の工業製品と同様で大量に作れば作るほど1枚当たりの製造コストは下がります。この手法をフル活用したのがユニクロとジーユーです。ではユニクロほどの生産数量に達しないアパレルブランドが製造原価を下げるにはどうするのかというと、

  •  使用生地のクオリティを落とす
  •  縫製仕様のクオリティを落とす
  •  製造先を集約する

というような手法が真っ先に採用されます。

「コスパ重視」一辺倒に風穴を

このうち、商品の同質化を招きやすいのが3の「製造先を集約する」になります。

製造先を集約することで、製造を担当する工場や窓口への発注量は増えます。それまで100枚ずつを10工場で作っていたものを、500枚ずつ2工場で作らせるようになります。しかし、縫製工場というのは、それぞれ出来栄えが異なるため、同じ工場に大量に発注すると仕上がった商品の出来栄えは同じになるのです。

また、服を製造するためには生地が必要不可欠ですが、同じ生地をたくさん使えばそれだけ生地代も安く抑えられます。同じ生地でできた商品が大量にできるわけですから、これもまた同質化しやすいといえます。

また、OEM・ODM会社を窓口とした場合、OEM・ODM会社は何社ものアパレルから請け負っているため、さらに効率化を求めるなら、極端に言えば、請負先の会社の注文を全部同じ工場で縫製し、同じ生地を使用するということになります。おまけに、洋服のデザインソースも同じですから、どのブランドも同じような商品に仕上がり、同質化してしまいます。(かなり極端に誇張しています)

そして同質化が起きれば、消費者は価格が安いとか、価格の割に品質が良いなどの「コスパブランド」を選ぶ可能性が高まり悪循環スパイラルに陥ってしまいます。現在、国内市場はこの状態に陥っている側面もあります。

これを回避するためには、まずマーチャンダイジングの精度を高め、適量を見極め、売れ残り在庫を極力減らすということが必要となります。これによって値引きロス、在庫の評価減を極力抑えることで利益が確保できます。こうしたMDの努力を尽くしたうえで、同質化しないように製造原価を上げることが必要ではないでしょうか。これは決して非効率極まりない物作り体制に戻るということではありません。

適量を見極めることで、店やブランドの雰囲気づくりに欠かせない特徴あるアイテムを少量でも製造したり、独特のデザイン・シルエットの商品に挑戦したり、見た目が明らかに異なる生地を使用したりすることが原理上としてできるはずです。

かつて業界が活況だったころは、各ブランドが特色のある商品を発売していました。それによって店頭や消費も活況となるという好循環が起きていました。今の成熟社会がその当時に戻ることはあり得ませんが、最低でも「コスパ重視」一辺倒という消費行動には風穴が開けられるかもしれません。原価を下げるだけでなく「適正に上げる」ための施策にも考えを巡らせてみる必要があるのではないでしょうか。

著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

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