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南充浩note:クーポンやポイント割引に頼る“名ばかりプロパー比率”とGAP・無印の定価値下げの成否

日本のような成熟社会において、小売業は売上高を伸ばし続けることが非常に難しくなるので、「利益重視」が重要になってきます。アパレル流通の世界では、利益確保のために「プロパー販売率」がにわかに注目されています。ところが、割引クーポンやポイント割引で大幅に値引きした売上もプロパー販売に含める慣習がまかり通っています。果たして「定価」「プロパー価格」とは一体何なのでしょうか。定価の値下げに踏み切った米Gapや良品計画(無印良品)の狙いにも触れながらひも解いてみます。(南充浩=フリージャーナリスト)

売上増加から利益重視への転換は当然

新型コロナウイルス感染症の流行による休業如何にかかわらず、すでに2010年頃から一部の勝ち組と呼ばれるアパレル流通企業を除いては、大幅な売上高の増加が望めなくなっていたことは業界内で広く認識されていたのではないかと思います。

その理由は、経済成長の停滞、若者人口の減少や平均所得の伸び悩みなど様々考えられますが、個人的には、もうすでに多くの人が少なからぬ洋服を所有してしまっているため、2005年頃までのように一人の人が、毎シーズン、洋服をたくさん買いたいという意欲が薄れてしまったからではないかと考えています。日本が成熟社会になってしまったということではないでしょうか。

こういう社会になると、アパレルメーカーやアパレル流通企業はそれまでのように売上高を伸ばし続けるということができなくなりますから、「利益重視」が叫ばれるようになります。そして今春夏のコロナ休業ですから、売上高が伸びるはずもなく、企業存続のためにはまずは在庫の換金、ついで利益確保が最優先課題になります。

国内のコロナ重症者数と致死数から見て、早晩、経済活動は復旧していきますし、復旧させるべきだと考えられますが、衣料品の総需要は2019年以上には伸びる可能性は高くありません。今春夏の在庫は1年くらいかけてなんとか換金できるとして、利益確保の重視という経営方針はますます主流となるでしょう。

利益確保を目的として、アパレル業界では「プロパー販売率」という指標をもっと重視すべきだという意見が強く出ています。プロパー販売率とは今更、説明するまでもないでしょうが、定価販売した比率のことです。プロパー販売率が高ければ高いほど定価販売が多いということなので、結果として粗利益は増えることになります。

粗利益が増えれば、そこから経費を引いた純粋の儲けである営業利益も増える可能性が高くなるということになります。ですから、プロパー販売率という指標を用いることは理にかなっています。しかし、あまりにこれを絶対視しすぎるのは危険だと個人的に考えています。

理由は「抜け穴」が多く、しかもその「抜け穴」の影響が大きいからです。その中でも大きいのは「割引クーポン」と「ポイント割引」だと見ています。特に実店舗のコロナ休業によって、ネット通販(EC)が重視され、EC売上高は大きな伸び率となりました。

ただし、大手各社の実店舗の売上減をECの伸び率ではカバーできていないのが現状です。ここはしっかりと認識しておいてください。カバーはできていませんが、実店舗の売上高が低下しているので自動的に各社はEC比率が高まっています。実店舗がすべてECに置き換わるとはまったく思っていませんが、EC比率は今後もう少し高まるのではないかと思います。

次章でこうした抜け穴について明らかにします。

「クーポン・ポイント割引は販管費」で有名無実化

ECといえば自社サイトでの販売と、モールでの販売との2つがあります。モールの代表は楽天市場、Yahoo!ショッピング、ZOZOTOWNになります。これらのモールの最大の特徴は、集客のため定期的に出店者に「割引クーポン」を発行させることです。

そうです。あの割引クーポンはモール側が発行しているのではなく、出店者が発行させられているのです。これらよりも規模の小さいマガシークなどのモールも仕組みは同様です。また、定期的に「スーパーセール」とか「期間限定値引き」「タイムセール」なども頻繁に行われますが、割引はすべて出店者が自腹を切っているのです。

買い物をする立場からすると、同じ商品が安くなっていれば絶対にそちらで買います。ですから既存顧客に対しては購買を後押しする意味でこれらの施策は有効ですし、新規顧客の獲得にもつながる部分もあります。ですから、値引き販売は絶対悪ではありません。

しかし、問題は夏冬のバーゲン以外のこれらの値引き施策が、商品の粗利益を削って行われるのではなく、すべて「販売管理費(販管費)」で計上されていることにあります。これは複数の企業関係者から証言を得ていて、割引クーポンもポイント値引きもタイムセールも「販管費」に計上されることが多いそうです。またストライプインターナショナルなどが頻繁に行っている実店舗でのタイムセールも販管費に計上される場合が多いそうです。

それ故、これらの値引き施策で売られた商品はなんと「プロパー販売」としてカウントされてしまうのです。たしかに「3%オフ」とか「5%オフ」「7%オフ」程度でしたら、プロパー販売にカウントされても大勢に影響はないでしょうが、30%引きとか40%引きに相当するような値引き施策で売れた物をプロパー販売としてカウントしたのでは意味がありません。
そこから弾き出された「プロパー販売率」は「名ばかり」であり、これを増やしていくと「プロパー販売率は高まり続けているのに、決算では営業減益や営業赤字になってしまう」という可能性も低くはありません。

ビジネスに何らかの指標は必要ですが、プロパー消化率なるモノサシを過度に押し付けるのは、実際の店頭やネット通販を鑑みるに、大量の「名ばかりプロパー販売」を生み出してしまう危険性があります。金科玉条の絶対的指標とするにはあまりにも危険だといえます。

価格設定への信頼性回復か、客単価低下の追認か

値引き施策は不良在庫を売りさばくには効果的な手法です。また価格決定はブランドコンセプトや顧客ターゲット設定とも密接にリンクしており、極めて経営的なマターです。

コロナ休業明けから2つの大衆向けブランドから値下げ施策が発表されました。1つは米GAP、もう1つは無印良品です。GAPはジーンズを3900~5900円、シャツ2900円など、本国とほぼ同じ定価に改定しました。無印良品は衣料品72品のさらなる値下げを発表しました。どちらも衣料品売上高があまり芳しくないことへの対応である点は共通していますが、狙いはまったく違います。

GAPの値下げ施策に対する分析はフルカイテンのレポートに詳しいので興味のある方はご一読ください。

消費者の立場でいうと、GAPの日本市場での低迷はこれまでの「高すぎる定価設定&安すぎる大幅値引き後の価格」という点にあったと考えられます。例えばジーンズの定価は安くても7900円、高ければ13900円くらいですが、これが最終的には1900円とか990円にまで値下がりするのです。そんなことを上陸から20年間も続けていれば、定価なんて信用されるはずもなく、定価で買う客は誰もいなくなります。

GAPの日本市場での低迷はこれが最大の原因の1つでしょう。今回の定価改定は遅すぎる気もしますが、定価への信頼回復が中長期的にはなされるのではないかと考えられる(短期間での信頼回復は不可能)ので、悪い施策ではないでしょう。

一方の無印良品は、月次速報で見ると、トータルの売上高はコロナ休業明けから前年並みを続けていますが、衣料品売上高は前年割れが多く、食品の大幅増にカバーされているのが現状です。実は衣料品の客単価は昨年10月から10%以上大幅に落ち込んでおり、すでに「大幅値下げしないと売れない」状態にあったといえます。売れない理由はさまざまあるのでしょうが、企画内容が消費者ニーズとマッチしていない点が大きいのではないでしょうか。

今春夏、今秋の店頭商品を見ていると、企画内容は昨年秋からの継続性が強いため、値下げしただけでは売れないと考えられます。今回の値下げは積極的な戦術というより客単価低下の現状追認という性格があると感じます。

企画内容の抜本的な変革なしで、定価だけを下げたのでは、利益率はさらに悪化しかねませんし、またそのしわ寄せは工場などのサプライヤーに行く可能性が高いため、良い手立てだとは到底考えられません。無印良品の衣料品は当面、苦戦が続くのではないでしょうか。

個人的には、定価の改定ついては、GAPと無印では真逆の結果になるのではないかと見ていますが。

著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

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