小売の在庫管理と「DX」/単なるデジタル化に終わらせない方法
当社フルカイテン主催の登壇講師としてもお馴染みの『生き残るアパレル 死ぬアパレル』(ダイヤモンド社)著者でターンアラウンドマネジャーの河合拓氏。河合氏が毎週ダイヤモンドチェーンストア・オンラインに寄稿しているコラムは小売業関係者なら知らない人はいないでしょう。
その中で、小売経営の肝である「在庫」とDX(デジタル・トランスフォーメーション)との関わり合いについて興味深い指摘がなされました。小売業界を俯瞰すると、デジタル化はしたもののトランスフォーメーションはできていない「DnX(デジタル・ノット・トランスフォーメーション)」に陥っている経営者が少なくないと云われています。本稿では在庫管理をめぐる真の「DX」で新たな価値を生み出すにはどうすれば良いのかを考えてみます。
小手先のマーケティングではなく在庫と向き合え
河合氏は件のコラム「脱トレードで問題解決業をめざせ!岐路に立つアパレル商社の生き残り戦略が『デジタル』ではない理由」で、下記のような主旨のことを述べています。
- 「適正在庫であれば持つべきだ」という主張があるが、適正な在庫水準は分からない
- 相場(トレード)は常に変動し、勝ちパターンは長続きしない
- 在庫を最小化するための視点は4つあり、このうちの1つであるFULL KAITENは余剰在庫の適正販売をデジタル技術で最適化するものだ
- DXは業務効率化にとどまらず付加価値を創出して競争力を高めるものでなければならない
そして、このコラムには、河合氏が若き商社マンだった頃の話が出てきます。
私がまだ駆け出しの商社マンだったころだ。アパレルのOEM事業を日々こなしていた私が、上司と一緒に営業の帰り道を歩いているときだった。私が上司にこう聞いた。
「質問があります。我々が在庫を持つ意味はなんですか?」
その上司は常に原理原則論に立ち返る優秀な人だったため、私はいつもこのように質問攻めにしていたのだ。彼はこう答えた。
「ない。商社にとって在庫は悪だ。絶対に持ってはならない」
「AIで需要予測」はバクチに等しい行為
しかし、実際に在庫を持って商売する小売業にとっては話が違ってきます。在庫は少ない方が良い、と言って単に在庫を減らせば、それに比例して売上も減ってしまい、事業規模の縮小によって徐々に衰退していくだけだからです。
すると、決まって「需要予測で売れ筋となる商品の発注を増やすことで、在庫を増やしても売れ残りを減らすことができる」と言う主張が必ず出てくるのが、ここ数年のAIブームでした。
しかし、予測というのは、事前に予測し得ない外的要因によって結果が大きく左右されます。いくらAIを用いても予測はなかなか当たらないものであり、AIの権威として知られる東京大学の松尾豊教授も「AIをビジネスインフラとして使えるようになるにはあと20年はかかる」とかねて説いています。
なお、需要予測については下記の別コラムで詳説しています。
筆者は、需要予測は運任せの“バクチ”であり、河合氏がコラムで言うところの「相場を張る」行為と大差ないと考えています。
縮小市場では従来の在庫管理・在庫戦略は通用しない
それでは、売上を維持しつつ在庫を最小化するにはどうすれば良いのでしょうか。河合氏は4つの視点を提示しています。
- そもそも調達在庫をどのように考えるか
- 消費者の購買力や競争環境から適正価格をどう設定し、どう売るか
- 在庫レスを実現するための手法は何か
- それでも余った在庫をどうするか
これら4つを解決するのがDXといえます。
なぜなら縮小市場においては、従来は通用した在庫の「物量」に頼る(つまり在庫を多く持ってヒット商品が出る確率を高め、売れ残りは値引きして売り切る)ビジネスモデルが通じなくなるからです。在庫の物量頼みは、市場が拡大している環境においてのみ正しい戦略だったのです。
つまり、在庫の物量に頼らず、今ある在庫で今よりも多くの粗利益を稼ぐビジネスモデルが求められているのです。これは少ない在庫によって、在庫1単位あたりの利益を増やすことを意味します。
この、在庫の物量頼みとは正反対のビジネスモデルを実践するには、DXの力が必要不可欠なのです。
次章から、単なるデジタル化ではない本来のDXについて考えてみます。
変化に対応できるMD修正力が大事
まず、小売ではマーチャンダイザー(MD)が計画を立て、商品の仕入れから販売までを実行していきます。ただ、商品の展開が始まると、予定通り売上が進捗することはほぼありません。
このため、MDが軌道修正をしながら進めていかなければならず、腕の見せどころとなります。
商品には発注リードタイムがありますから、一度発注してしまった商品は取り返しがつきません(需要予測で売れ筋の発注を増やすことはほぼ不可能であることは前章で触れたとおりです)。
要は、販売を開始してからも軌道修正が可能な部分に注力するのが賢明だということです。
ただ、多くのMDは全体の売上、店舗の売上、EC売上までは常に把握しているものの、商品一つ一つについては把握できていないのが実情です。このため、売上の上下や予実の乖離に気づいた時にはシーズンも終盤となり、往々にして値引き価格でしか売れなくなってしまいます。
ITツールを導入しただけで満足していないか
売上の上下に早く気づくために、新しいITツールを取り入れている企業も増え、必要なデータを抽出しやすくはなっています。しかし、今まで出せなかったデータや、Excelで管理していた情報が簡単に出せるようになり作業効率は向上していますが、MDが欲しい「分析できる状態のデータ」を手にするにはさらなる加工が必要である点は変化がない企業が大半です。
本来であれば、色々な施策を考えることに時間を費やしたいのに、データの加工に時間を取られてどんどん時間が過ぎ、商品の状態を見逃してしまうことで「適正な売り時」を逸してしまっては本末転倒です。
これでは、単なるデジタル化であり、新たな価値を生み出しているDXとは言えません。本来、MDがやるべきことは分析できる状態のデータを作ることではなく、そのデータを見て、次にどういう打ち手があるのかを考え実行することだからです。
データ加工まで自動化して初めてDXと言える
つまり、ITツールを導入しただけで「DX化」しているつもりになっていて、せっかくのDXをうまく取り入れられていない事例が多いのです。
MDとしては、データがすぐ分析に利用できる状態になっている事が理想でしょう。
データを分析できる状態にするまでの作業を含めてデジタル化することによって、MDが本来するべき仕事(打ち手を考えて実行すること)に時間を使えるようにすること。ITツールによってここまで自動化されて初めて、DXと言えるはずです。
データを分析できる状態にするまでの作業をDX化することによって、MDが本来するべき仕事(打ち手を考えて実行すること)に時間を使えるようになります。
例えば、商品の状態を簡単に見る事ができれば、売れている商品や売れていない商品だけでなく、その中間に位置する見落としがちな商品まで把握し、要因を早くキャッチアップできます。その結果、売れた or 売れなかったということになる前に、手を入れることができるのです。
↓関連記事も是非ご覧ください(2022年7月29日公開)。
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【河合拓氏プロフィール】
Arthur D Little,・カートサーモンUS Inc.・アクセンチュア戦略グループ・日本IBMのパートナー(共同経営責任者)を歴任し、日本とアジアで50以上の小売企業の再建に成功した日本で唯一のコンサルタント。
企業買収、デジタル導入、海外進出の3つおいて独自の理論を持ち、数多くの提言は業界に多くの影響を与える。
IFIビジネススクール講師、企業買収ファンド(Private Equity)のマネジメント・アドバイザ。 国内外での年間講演回数は20を超え、2016年経済産業省に提言した「デジタルSPA」は産業復興政策の切り札として採用。
NHK「クローズアップ現代」、国際衛星放送「Bizz Buzz Japan」のコメンテータとして出演。 代表著書「ブランドで競争する技術」は、中国語に翻訳されアジアでベストセラーとなる。2013~16年東証一部上場企業の社外役員。