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南充浩note:「卸は不要」に騙されるな! 在庫備蓄や販路拡大で役割大

社会が成熟化し物が溢れるようになり、売り上げ規模を伸ばすことが難しくなってきたので、利益率を重視しメーカーが直販する、もしくは小売店が自社ブランド(PB)を立ち上げるというケースが増えてきました。生活に密着している領域でいうとイオンの「トップバリュ」やセブン-イレブンの「セブンプレミアム」などが小売店PBの代表といえます。オンライン専用商品を販売する「プレミアムバンダイ」はバンダイという玩具メーカーの直販サイトです。今回は卸売業態とSPA(製造直販)について考えてみたいと思います。(南充浩=フリージャーナリスト)

「SPA万能論」は眉唾もの

洋服の業界では、1990年代半ばにワールドが「オゾック」という直販ブランドを立ち上げ大人気となり、90年代後半にはユニクロがフリースブームを巻き起こし、SPA型のブランドが注目を集め、各社がこぞって主要ブランドをSPA化しました。ワールドは元々メーカーなのでメーカー出身のSPA、ユニクロは元々小売店なので小売出身のSPAということになります。

ワールドは年々卸売ブランドを減らし、全社売上高に占める割合は5%程度にまで低下しました。一方、ユニクロは仕入れブランドをどんどん減らし、2000年代半ばには完全に無くしました。他のアパレルも同様で90年代後半から2000年代前半のアパレル業界のホットキーワードは「SPA化」でした。

PA比率が高ければ高いほど優秀な企業・ブランドだとされていたのですが、はっきり言って根拠はありません。現在の「EC化率が高ければ高いほど優秀な企業・ブランド」という風潮と同じです。各社・各ブランドはそれぞれ成り立ちも顧客層も利益構造も違いますから、本来はそれぞれに適した比率があるのですが、そういうことを一切考慮に入れない軽々しさは25年前から変わっていないので呆れ果てるほかありません。

とはいえ、現在のアパレル業界の大手のほとんどはSPA化されていますから、今さら方向転換はできません。ユナイテッドアローズ、ビームス、トゥモローランド、ジャーナルスタンダードなどの大手セレクトショップも軒並みSPA化しています。他社ブランドからの仕入れ品は1割~2割程度であとは全て自社レーベル商品です。

こういう状況になると「卸売企業は必要なのか」という論調も出てきますが、個人的には全く不要だとは思いません。「卸売」という機能が無くなると困る人たちも出てくるのです。まず考えられるのが、小規模小売店・小規模ネット通販(EC)事業者です。年商数千万円から数億円程度の小売事業者は資本力がないため、オリジナル商品を製造することができません。

オリジナル商品を製造するにはある程度のまとまった数量が必要で、例えば1型100枚くらいの生産ロットは本来必要なのです。バングラデシュやアセアン諸国などで製造するとミニマムロットはもっと増えます。アセアン諸国なら1型500枚程度は必要でしょう。

ですから、小規模な専門店・ブティック、EC事業者にとって卸売りしてくれるメーカーや問屋というのは必要不可欠となるのです。最近では不況によって工場も在庫を抱えることはしなくなりました。依頼があった数量をキッチリ作ってそれで終わりというスタイルです。

ですから、工場に依頼したメーカーや問屋の備蓄機能が必要になるのです。これは何も洋服だけではなく、生地も同様です。生地も工場は依頼された数量だけを作ったらそれでおしまいです。備蓄機能は生地問屋や生地商社が担っています。

商品同質化という大きすぎる副作用

一方、SPA化によって各ブランドはこの20年間で著しく同質化してしまいました。その理由は、日本のSPAはPOSデータと密接に連動しているからです。POSレジで吸い上げたPOSデータを基に商品の補充追加や新規商品の企画を組み立てます。当然、売れ行きの良い商品(売れ筋)だけを補充し、それを次期の商品企画にも活かします。各社とも店舗で売れる商品はだいたい同じ傾向がありますから、そのデータを基に再生産すれば各社の商品は似通ってしまうというわけです。

また、各社が製造を発注している業者は重なっていることが多いので、作り手が同じということになりますから、これもまた商品が似通う原因となります。そして、アパレル不況で経営が厳しくなり、各社とも売れ残りを極度に恐れていますから、売れ筋から外れた商品を提案する度胸を無くしています。“安全パイ”の商品ばかりをそろえますから、当然同質化してしまうことになります。

この同質化を打破するためには、特徴ある他社ブランドを仕入れて店頭にアクセントを付けるしかありません。大手セレクトショップ各社が「ザ・ノースフェイス」や「ユニバーサルオーバーオール」「リーバイス」「ニューバランス」「ディッキーズ」「チャンピオン」などのブランドを仕入れているのはそのためです。

ただ、ここにもアパレル業界に蔓延する「安全パイ精神」が大いに働き、他社で売れているブランドだけを仕入れるため、どのセレクトでも同じブランドを置いているという同質化に陥っているのですが(笑)。

卸売で存在感を発揮している最右翼といえば、ゴールドウインがライセンス生産しているアウトドアブランド「ザ・ノースフェイス」でしょう。アパレル不況にありながらゴールドウインが増収増益を続けているのはザ・ノースフェイスの好調のおかげです。直営店も少数ありますが、メインの販路はセレクトショップを含む各専門店への卸売です。高いブランドイメージを構築し、それを基として多くの専門店へ卸売することで売り上げ規模を拡大するという王道のやり方で成長してきました。

小売は独特の難しさ…餅は餅屋に

利益率の高さという点では卸売は直販に劣りますが、取り扱い店舗数の拡大と言う点においては、直販よりも低コストで容易に広げることができます。例えば、大手チェーン店1社との取引が決まれば、それだけで取り扱い店舗数は数百店に増えます。逆に数百店の直営店を出店しようとすればどれほどのコストがかかってくるでしょうか。

家賃・人件費・内装外装工事費・什器代その他もろもろの費用が1店舗増やすごとに必要となります。しかし、卸売での取り扱い店舗数を増やす場合、このようなコストは必要ありません。実際に筆者の知り合いにも年商規模は数億円ながら、400店へ卸している新進の小規模ブランド経営者がいます。

すべての事柄には必ず一長一短があり、今まで見てきたようにSPA型と卸売型にもそれぞれ一長一短があります。SPA型は完全無欠の優れたシステムでもありませんし、卸売が劣悪なシステムというわけでもありません。それぞれの企業やブランドの置かれた立場でどちらが適するかを判断すれば良いのです。

ただ「餅は餅屋」という言葉があるので、メーカーは慣れ親しんだ卸売を主体に直営店を組み合わせるというやり方が無難で危険性が低いと思われます。一気にSPA化することのリスクが高いことは近年報じられ続けているワールドやオンワード樫山、三陽商会などのメーカー出身の大手アパレル各社の苦戦を見れば明らかではないかと思います。

逆に近年の「ザ・ノースフェイス」の隆盛を見れば、卸売にも活路があることが分かります。くれぐれも浮ついたブームに流されず、自社の資質や特性を見極めることを心掛けてください。

著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

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