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南充浩note:ECは魔法の杖? いえ、アパレル実店舗は永遠に不滅です

アパレル業界でネット通販(EC)への注目が急速に高まったのは、ZOZOTOWNの急成長が一つの契機だったのではないかと思います。それまでの「洋服はECでは売れにくい」という定説を覆したからです。楽天市場の方が世間的には先に注目されましたが、当時の楽天市場は今ほど衣料品分野の売上高は大きくありませんでしたし、雑貨とか食品とか総合的な物を取り扱うイメージが強かったので、カッコばかり気にする(笑)アパレル業界はあまり反応を示しませんでした。本稿では、アパレルの実店舗の役割について改めて考えてみます。(南充浩=フリージャーナリスト)

SPA、QR対応…ワンフレーズトレンドと同レベル

2020年春、新型コロナウイルス感染症の拡大により地域によってバラつきはありますが、1か月~2カ月に渡って、全国的に店舗休業を余儀なくされました。実店舗が稼働できないため、これまで以上にECに注目が集まりました。注目が集まったというか、そこしか売り場・買い場がなかったという方が正確でしょうか。もちろん、ECをやっていなかったブランドは大打撃で、やっていたブランドの売上高減少は緩和されました。今後も新型コロナ感染症に限らずどんなアクシデントがあるかわかりませんから、あらゆる手立てを講じておく必要があります。ECもそのうちの一つです。

国内のアパレル業界は昔からワンフレーズトレンドが大好きです。例えばSPA、クイックレスポンス(QR)対応、ライフスタイル提案など、その時々のトレンドキーワードに集中することで業績を伸ばそうとします。最近、この習性は国内に限らず欧米アパレルも同様なのではないかと感じています。サステイナブルやエコ、ジェンダーレスなどのワンフレーズに過剰に飛びつきすぎです。

ECは数ある販路の一つ、販売方法の一つに過ぎないのに、国内のアパレル不況を一掃してしまえる切り札かのようにとらえている業界人・メディア人の多さには、日々唖然とさせられます。

先日、2種類の統計データをまとめた記事がウェブメディアに掲載されました。

https://netshop.impress.co.jp/node/8197

まず、前半ですが矢野経済研究所が毎年発表している「国内アパレル小売市場規模」についてです。2020年はつい先月終わったばかりなのでまだ統計データ化はされておらず、これは2019年のデータになります。
これによると、

2019年の国内アパレル総小売市場規模は前年比0.7%減の9兆1732億円。品目別に見ると、婦人服・洋品市場が同0.3%減の5兆7138億円、紳士服・洋品市場が同1.5%減の2兆5453億円、ベビー・子供服・洋品市場が同0.5%減の9141億円。

となっています。コロナ以前で比較的好況だったと世間的に認識されていた2019年ですら、市場規模全体としては微減ということですから、アパレル不況がいかに根深いものかがわかります。恐らく2020年の市場規模はもっと減少することになるでしょう。

販路別については、

2019年における国内アパレル総小売市場規模の販売チャネル別では、百貨店が1兆6797億円で前年比6.4%減、量販店は7993億円で同1.8%減、専門店は5兆514億円で同0.3%減、その他(通販など)が1兆6428億円で5.4%増となった。

とのことで、「その他(通販など)」にECが含まれると考えられます。「その他」が5.4%伸びていますが、全体としてはそれ以外の販路が減少しているため、微減になっているということなので、ここから導き出される結論は「ECの売上高増加は他販路の落ち込みを完全に埋められていない」ということになります。

また、経済産業省の統計では、

経済産業省が2020年7月に発表した2019年度の電子商取引に関する市場調査によると、2019年の衣類・服装雑貨等におけるEC市場規模は1兆9100億円で前年比7.74%増。EC化率は13.87%だった。
これらの数値から衣類・服飾雑貨等の分母となる小売全体の市場規模を算出すると、2019年は13兆7707億円。2018年の分母は13兆6790億円で横ばいとなる。

とのことで、ECは確かに伸びていますが、他の販路の落ち込みをカバーしきれていません。

もしECが売上高を回復させる「魔法の杖」なのであれば、市場規模自体を拡大できていなければおかしいのです。ですが、市場規模は横ばいないしは微減です。ということは、ECは伸びていてもその他の落ち込みがそれよりひどいということであり、ひいては消費者の買う場所が「少しだけ実店舗からECへ移行しただけ」ということになります。新規需要は何一つ創造できていません。

EC化率が頭打ちになる明確な理由

2020年版は恐らく、もっとEC比率は高まるでしょうが、市場規模全体はさらに減少することになると考えられます。なぜなら、実店舗の長期休業があり、その分、ECへの比重は高まりましたが、実店舗の大きな落ち込みをまったく補填できていないからです。不振が伝えられるオンワード樫山と三陽商会はECの売上高は前年から2桁%増加しているのですが、それ以上に実店舗が落ち込んでいるのです。

先ほどの統計記事でも

2019年の衣類・服装雑貨等におけるEC市場規模は1兆9100億円で前年比7.74%増。EC化率は13.87%だった。

とありますから、未だに86%強の売上高は実店舗から得られているということになります。
ですから、実店舗の落ち込みをECでは吸収しきれていないのです。

ではどうして、衣料品に関してはメディア人やテック業界人、ミーハーたちが期待しているほどEC比率が高まらないのでしょうか。
さまざまな理由がありますが、個人的には

  • 実物を触らないと生地の触感がわからないから
  • 試着をしてみないと「似合うか似合わないか」がわからないから

という2つが大きいと思っています。どちらもウェブの画像や動画だけではわかりません。

筆者もECで服を買うようになってかれこれ5年前後になりますが、最近ではサイズ表にも慣れ、間違ったサイズを買ってしまって着られないということはほぼゼロになりました。何事も慣れです。

ですが、それでも克服できないのが上の2点です。
先ほどのネットショップ担当者フォーラムの記事では、各ジャンルのEC化率の表が掲載されているのですが、「事務用品・文房具」「家電」「書籍・映像・音楽」「家具」の4つは衣類よりもEC化率が格段に高くなっています。この4つはいずれも触感や「似合うか似合わないか」は関係のない分野です。ですから、実店舗で買おうがネットから買おうが支障が小さいのです。

もっと分厚いと思っていたけど意外に生地が薄いとか、その逆で思っていたより生地が硬い、などを経験した人も多いと思います。衣料品は身に着ける物ですから、生地の触感は重要になります。

また、それよりも見逃せないのが「似合うか似合わないか」という点になると思っています。

実は、先日、サイズ的にもデザイン的にも着用にまったく問題のないブルゾンを見つけ、値段が安くなっていたこともあり、ネットで買ってみました。

サイズ表から判断するとルーズシルエット・ビッグサイズのブルゾンです。送られてきた商品を早速着て鏡を見てみると、全く似合っていません(笑)。理由は「ビッグサイズすぎるから」です。ビッグサイズが似合う人というのは、顔が小さくて面長で、首が長く体格が華奢な人だと考えていますが、筆者は逆の体型です。肥満はしていませんがガッチリしていてゴツく、首は短く、顔は四角くて大きいのです。ダボっとしたブルゾンを着ると、単にゴツい人ということになってしまいます。要するに洋服のパターン(型紙)によって、似合う体型と似合わない体型が生まれるということです。

あと、色の彩度や明度、柄の大小なども似合うか似合わないかを左右します。
こうした要素は試着してみないことにはわかりません。ですから、試着できる場・触感を確認できる場としての実店舗は必要不可欠で、衣料品の販売はどれだけEC化率が高まっても5割が限界ではないかと考えられます。

ECには無くて実店舗にはあるもの

人件費という固定費が要因となって、すっかりアパレル企業の損益悪化の原因として槍玉に挙げられている実店舗ですが、実は「売り場・買い場」以外の重要な機能もあります。それは「広告宣伝媒体」という機能です。

世界的に強さを発揮しているZARAですが、ZARAはメディアを使った広告宣伝をほとんど行わないことで知られています。ですが、ZARAの知名度は日本でも低くありません。ではどのようにして知名度を高めたのでしょうか。

それは実店舗の出店によるものだとされています。店が看板を掲げてその場所にあるだけで、そこを通る人、近隣の人はブランド名や屋号を覚えます。そして中には店に興味を持つ人も出てきて、入店したりウェブで検索したりします。実店舗は固定費が高いから不採算だと言われますが、広告媒体として存在しながら、その場で日銭も稼げるため、何億円もかかるようなテレビCMを出稿するよりは、ずっとコスパが高い存在だといえます。

また今年1月5日の繊研新聞では、ユニクロの柳井正会長兼社長がこう述べています。

実店舗の休業もあり、20年8月期はECが大きく伸びた。だが、リアル店舗も引き続き大事な役割を担うと見ている。店が最大のメディアだからだ。
デジタルもリアルも本質的には同じ小売りビジネス。スマートフォンで調べて買うし、商品を実際に見られる店舗にも行く。お客様は両方体験したい。どちらかではなく、小売りは両方やるのが当たり前。
ECが伸びると店頭での販売も伸びるんです。ユニクロではECで購入したお客様の30~40%が小売店頭で商品を受け取る。受け取るついでに店にある他の商品も買う確率は上がる。当然、売り上げはアップする。

2021年1月5日、繊研プラス

ZARAにせよ、ユニクロにせよ、世界的に勝ち組と見られているビッグブランドが、揃って「店はメディア」「店は広告」とみなし、実店舗を積極的に活用しているのですから、他のアパレル企業も見習うべき点は多いのではないかと思います。

消費者が既にたくさんの洋服を保有し、様々なファッションブームを経験した成熟社会になると、ワンフレーズトレンドだけでは洋服は売れにくくなります。ECが好調に見えるからと言って、ECだけをやっていればそれで売上高が伸びるなんてことはあり得ません。ECも重要ですが実店舗も変わらずに重要なのです。あまりにも考えが浅はかなアパレル業界人、メディア業界人、テック業界人が多すぎると感じられてなりません。

著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

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