在庫価値は20分の1…「マジェスティックレゴン」のシティーヒルを他山の石とすべき理由
まだ記憶に新しいレディスアパレル、株式会社シティーヒルの民事再生手続き開始の申し立て。新型コロナウイルスの感染拡大による消費マインドの冷え込みが響いたのは事実だが、マスメディアによる報道のように新コロ「関連倒産」というくくりで捉えると本質を見誤ることになる。法的整理に至るまでのここ数年の経営や、債権者説明会での釈明をひも解くと、他の多くのアパレル企業にも当てはまる事ばかりであることに気付く。個人消費の冷え込みが危機的状況にある今こそ、シティーヒルを教訓に対処すべきではないだろうか。
在庫18億円の清算時価はわずか9千万円
大阪市北区の貸会議室で2020年3月20日、「マジェスティックレゴン」などのブランドを展開するシティーヒルの債権者説明会が開かれた。総額46億円の負債を抱え、民事再生法適用を申請してから4日後だった。
シティーヒルの決算期は2月。棚卸資産(在庫)は本年2月末の見込み額でFC店の店頭在庫も含め18億円余だが、資産を現金化して債権者に配当する基となる清算B/Sでは9000万円に評価が切り下げられていた。つまり帳簿上は取得原価18億円分の商品が、わずか20分の1の9000万円でしか換金できないと見積もられたということだ。
出席者などによると、債権者説明会ではこの点について質問が飛んだ。中田勉社長は「半分以上が過年度の販売困難な在庫。販売可能なものでも冬物が多く、春夏物を中心に売っていく現時点での清算なので、この額となった」と説明した。
19年秋冬は記録的な暖冬で各社とも利幅の大きい重衣料の販売が不振だった。多くの出席者が、トレンド商売の在庫リスクの大きさに身震いしたのではないか。
老舗ユニフォームメーカー、サンリット産業(2019年10月破産手続き開始決定)のブレザーは、大阪・心斎橋筋商店街で1着300円で販売されていた。シティーヒルの在庫も投げ売りされ、タグを外して激安店の店頭に並ぶのでは、企画生産に関わった人たちはやりきれないだろう。
安売りから価格見直しで消費者離反
シティーヒルの経営はどこで躓いたのだろうか。
同社は1986年、ニット製品の卸売業として創業。法人設立後の1995年、マジェスティックレゴンの直営店を大阪・ミナミに出店して小売業に進出した。
その後、「ルクールブラン」「ペルルペッシュ」「ワドミック」とブランドを拡大し、全国に店舗を展開。2015年には140店超の直営店を抱えるまでに急成長した。
このような出店拡大に加え、ECサイトも活用して売上高も増えていったが、2016年2月期の143億円をピークに減収に転じた。売上の頭打ちは流行の変遷やターゲットとするヤングカジュアルの競争激化など要因は色々あるが、問題は売上の増加が店舗新設に頼っていたことだ。既存店の1店あたり売上高が伸びなければ、投資負担と金利負担でキャッシュフロー(資金繰り)が瞬く間に悪化するのは容易に想像がつく。
EC強化に向けた投資や不採算店舗の退去費用がかさみ、2017年2月期は赤字に転落。20年2月期まで4期連続で赤字に沈んだ。
加えてこの間、仕入れ判断の失敗で余剰在庫が積み上がり、望む、望まざるを問わず価格競争に巻き込まれていった。関西の金融関係者は「この頃から急速にキャッシュフローが逼迫していた」と振り返る。要は、利益が出ない体質になっていたのだ。
そこでシティーヒルは2020年2月期から価格競争から脱却するため、仕入れを抑制したうえでリブランディングを行い、価格を見直した。
ところが、これが消費者の支持を得られず、かえって減収と粗利率の低下を招いたという。これを打開すべく、下期(秋冬)からは逆に仕入れを増やすことで売上増加を図った。
しかし、在庫を積むことで売上は回復したが、記録的な暖冬でセール期が早まり、在庫処分で粗利率の低迷に拍車がかかってしまった。そして期末の2月には新コロの影響で売上が激減し、命運は決した。
在庫で陥りやすい経営ミスの典型
この事例から得られる教訓は何か。主に次の2つではないだろうか。
- 一度でも安売り競争に陥ると、価格帯を上げるのは至難の業
- 在庫を積めば目先の売上は増えるが、売れ残りも発生する
まず1つ目。購買者は価格に魅力を感じている人と、ブランドのファンとに大別できるが、価格の見直しで売上が減るということは、前者が多かったということだ。価格競争になれば企業の体力勝負となり、規模が大きいブランドに中堅ブランドは太刀打ちできないのは明白だろう。
また、値下げが恒常化すると、ブランドに愛着がある人が離れていき、価格のみに反応するお客が増えるという問題もある(客層の入れ替わり)。
そうなると、在庫は一気に陳腐化しやすくなってしまうのだ。
さらに、安く売るにはコストを下げなければならず、実際にシティーヒルも赤字が常態化してから取引先に原価低減を求めていた。債権者説明会では出席者からこの点についても質問がなされ、中田社長は「ここ数年のマーケット変化に適応できなかった。資金繰り中心の経営になってしまい、原価率を落とすことで粗利の確保を目指した。その結果、客離れを招く悪循環になった」と経営の失敗を認めた。
そして2つ目。前述のとおり、在庫過多を背景に2020年春夏は仕入れを抑制したものの減収に終わり、その反動で20年秋冬は仕入れを増やした。
大半のアパレルでは通常、トレンド・需要を予測して商品の種類を増やし、各SKU(品番から枝分かれした在庫管理の最小単位)の在庫量を決める。仕入れを増やして在庫を増やせば、売上は増える。同時に売れ残りも大量に発生してしまうのだ。
これは、予測が当たらないのが原因だ。欠品を過度に恐れるほか、ヒット商品を生み出すためにSKUを増やしすぎることも、売れ残り発生を助長する。
売上増加も在庫削減も予測頼みであるにもかかわらず、その予測精度の向上が最先端のAIをもってしても難しいのだから、そろそろ経営者たちはこのビジネスモデルを卒業すべきではないだろうか。
在庫過多はデフレの一因に
在庫問題は一企業の倒産を越え、マクロでみると様々な形で私たちの社会に影響を与える。
小売事業者は値引きしても利益が出るようにするため、大量生産・大量仕入れで原価率を下げようとする。この結果、在庫はもっと増えるので、さらに値引きして販売しなければならなくなる悪循環に陥る。
値ごろ感の低下、価格下落が定着すると、デフレにつながる。デフレは経済の恐ろしい病気であり、多くの人の所得や雇用が失われる。
さらに、デフレでは小売事業者の利益率は下がり、従業員の給与は上がらない。ますますモノが売れなくなり、在庫過多がさらなる在庫過多を生む。
シティーヒルの場合、従業員には給与の全額を支払う予定で、申し立て後も事業は継続している。また、中田社長はスポンサー候補が複数あることを明らかにしており、マジェスティックレゴンなどのブランドは存続する見込みだ。
債権者説明会では、中田社長自身がほぼ全ての質問に答えていた。冒頭のお詫び以外は代理人弁護士が説明するのが通例なので、今回は異例といえる。ファンや従業員、取引先のためにも、是非とも事業を再生させてもらいたいし、そのためには従来のビジネスモデルからの卒業が必要だろう。(南昇平)