2024年の小売業界はどうなる?|3つのキーワードから大予想
2023年も残り1カ月となりました。新型コロナウイルス禍の行動規制が春に解除されて以降、小売、特にアパレルでは実店舗に人が戻り、各社は好業績を謳歌しています。2024年の産業地図にはどのような風景が広がっているのでしょうか。
本記事では、これまで2023年に起こった出来事や報じられたニュースをベースに、独断と偏見により予想してみたいと思います。
キーワードは、外圧(人権デューディリジェンス)、人口動態の不可逆性(物流2024年問題)、グローバリズム(越境EC)の3つです。
「ビジネスと人権」対応、ようやく広がり
まず、日本でも遅ればせながら「ビジネスと人権」に対する注目度が上がると予想されます。
ビジネスと人権といえば、欧米ではサプライチェーン(供給網)において取引先も含めて人権侵害がないかどうか広範に調査する「人権デューディリジェンス(以下 人権デューデリ)」が既に企業に義務付けられています。この人権デューデリが数年遅れでようやく日本企業にも広がる可能性があります。
なお、ビジネスと人権については、フルカイテンは2022年から早々に注目していて、アパレルを含む繊維産業向けの人権ガイドライン策定に携わった業界団体幹部を招いたセミナーを11月に開催しました。ようやく日本でも人権デューデリの必要性に対する認知が進んできたことには感慨深いものがあります。
そのきっかけはファーストリテイリングの決断です。本年11月7日、原材料の調達までを含むサプライチェーンの管理を始めたと発表したのです。本件を報じた日経新聞の記事によれば、衣服の原材料調達まで管理する取り組みは日本のアパレル大手では初めてとのことです。
ファーストリテイリングはこれまでに1次取引先(縫製工場)、2次取引先に当たる生地工場、紡績工場(3次取引先)についてトレーサビリティーを確保する体制を確立してきました。今回、その先にある原材料の調達先まで監査する体制を整えました。
23年の春夏向けに発売したユニクロの全商品については、原材料の調達までの流れを1品ごとに把握した。生産管理を担当する指吸雅弘グループ執行役員は説明会で「供給網の最上流まで自社で管理することで、環境負荷を低減して人権リスクも早期に検知する持続可能な調達が可能になる」と強調した。
2023年11月8日付日経新聞朝刊19面から引用
繊維産業は綿や羊毛など原材料のサプライチェーンが世界各地にまたがるのが特徴で、川下のアパレルが原料を追跡するのは困難とされています。しかし、欧米の有名ブランドは各国の法規制などを背景にサプライチェーンの最上流まで追跡する取り組みを何年も前から進めています。なおかつ、調達先の管理だけでなく、労働環境の遵法性や透明性をはじめとした「人権リスク」の把握も企業の責務に含まれており、ファーストリテイリングはようやく欧米ブランドに追い着いた形です。
こうした人権デューデリはコストアップ要因ではありますが、前出の日経記事は別の利点に触れています。
サプライチェーンの管理強化は、商品の安定供給につながる。ファストリは自社が求める情報開示や品質管理に対応できる取引先と組むようにし集約する方針だ。縫製工場と生地工場は現時点で約560拠点と、海外アパレル大手の半数以下となった。今後は、紡績工場も現状の3分の1程度に絞り込み、管理をよりしやすくする。
2023年11月8日付日経新聞朝刊19面から引用
企業に人権尊重の対応を義務化する法整備を進めている欧米当局を尻目に、日本の経済産業省は人権対応指針を公表して各社の努力で人権デューデリの実施を促し始めました。対応が遅れたままでは、日本企業の海外展開に支障をきたす恐れがあり、具体的な取り組みは急務といえます。
物流の2024年問題と店舗投資
次に物流の2024年問題です。これは、貨物ドライバーの時間外労働時間の上限規制の適用が現在は猶予されているのですが、2024年3月で猶予が終わるというものです。宅配便の取り扱い個数がうなぎ上りのなか、ドライバーの人手は不足しています。
そもそも人口動態の変化で働き手の絶対数が減っていますし、作業負荷や待遇面でドライバーのなり手が今後大きく増える公算は小さいところに病根があります。
参考記事:宅配運賃値上げは物流クライシスの序章…ECと在庫の最適な運用は(2023年5月19日公開)
アパレル経営においてトラック物流が絡むのは、主に在庫商品の店間移動および倉庫・店舗間移動とEC送料ではないでしょうか。今後、これらの物流コストは上昇が避けられません。
ただ、いくら物流費が上がったとしても、必要な在庫移動はしなければなりません。その理由については前記の5月19日公開記事で詳説しています。
一方のECです。この領域はアマゾンジャパンが巨額の投資を継続しています。2022年1年間の日本国内への直接投資は2021年比で約2割多い1兆2千億円でした。日経新聞の記事によれば、投資の多くは物流関連とのことで、消費者までの「ラストワンマイル」を担う小規模のデリバリーステーションは18カ所を新設したそうです。
2023年も11月初旬までにデリバリーステーションを11カ所、ハブとなる大型倉庫は2カ所を建設しています。
アマゾンは2024年問題を念頭に、独自の物流ネットワークを構築しており、死角は見当たりません。実際、LINEヤフーがSNS上で実施した調査結果によれば、「好きなECサービス」の1位はアマゾンであり、約4割の支持を集めました(楽天市場3割弱、Yahoo!ショッピング1割強)。年代別でも全ての世代でアマゾンが1位を獲得しています。ECにおいては2024年、優勝劣敗と弱肉強食がますます進むと思われます。
その反動ではないですが、実店舗の役割がかつて無いほど重要になるのではないでしょうか。三陽商会が一例です。
同社の大江伸治社長は日経ヴェリタスのインタビューで、店舗に積極投資する方針を明言しています。
「(7つの基幹ブランドについて)足元各70億~90億円ほどの売り上げ規模を早期に100億円体制にすることが課題だ。新型コロナウイルス禍で抑制方針を採ってきたプロモーション投資や店舗投資に積極的に取り組んでいきたい。コロナ禍で店舗の20%ほどを閉めた百貨店には相当、新規の出店が決まっている。直営店も増やす方針だ」
2023年11月19日付日経ヴェリタス20面より引用
アパレル商品は実用品であると同時に嗜好品でもあります。価値観が多様化している現在、しっかり投資して付加価値をそなえた商品や店舗空間は、「どこで、誰から買うか」「そのブランドのメッセージや企業の思想、従業員の思いは何か」を重視する消費者に対してきちんと訴求できるに違いありません。
店舗投資が重要なのは三陽商会のようなハイエンド〜アッパーミドル市場の企業だけではありません。良品計画しかり、ファーストリテイリング然り、アダストリア然りです。
アダストリアは4象限の成長戦略の1つとして「マルチブランド、カテゴリー」を位置付け、積極的な出店によるカテゴリー拡大を継続します。台湾と香港をはじめとした海外でも出店に注力し続けるようです。
越境ECと海外の激安アパレルの隆盛
最後に越境ECです。中国発の低価格アパレルECといえば、2021年夏に日本に上陸したSHEIN(シーイン)が真っ先に思い浮かびますが、今夏にはTemu(ティームー)が日本に進出してきました。両社とも米国や東南アジアなどにグローバル展開しており、世界的な物価高を背景に圧倒的な低価格で売上とGMV(流通総額)を伸ばしています。
そして、TikTokが手掛けるECプラットフォームである「TikTok Shop」も今秋、米国で事業を始めました。賃金が上がらず物価だけが上がる日本での事業展開に注目が集まります。
彼らはどうしてあれほどまでの低価格を実現できるのでしょうか。フルカイテン主催のウェビナー講師でお馴染みのファッション流通コンサルタント齊藤孝浩氏のブログが大変分かりやすいので、そこから要点をまとめてみました。
- ローカルの中間業者やバイヤーを介さない「産地直送」だから
- 免税措置を利用している
- 以上のように既存の流通経路を省いている
- 工場が集積する広州に拠点を置いている
SHEINもTemuも、広州に生産拠点や倉庫を集約し、そこから世界中に商品を発送していました。しかし急成長によってロジスティックスが追いつかず、海外に物流拠点を設けるようになっています。そして、自社ブランドだけでなく他社商品も扱う「マーケットプレイス」のローンチを準備しているのです。他のEC事業者の商品で倉庫を稼働させ、物流拠点への投資を早期に回収する取り組みです。
こうした動きからは、ビジネスモデルを非常に柔軟に変幻させるスピード感とダイナミズムを感じます。もちろん、サプライチェーンの「人権リスク」を理由とした禁輸リスクもありますが、久しく「高成長」を忘れている日本企業にとって、とても示唆に富むビジネスのやり方だと思います。
まとめ
いずれにしましても、消費者の嗜好や価値観、マーケットの変化のスピードはますます上がっていくと思われます。その中で、小売業界では環境の変化に対応して変わることができる会社だけが業績を伸ばしていくのが必定です。
環境の変化は、冒頭で述べたように外圧(人権デューディリジェンスの必要性)と人口動態の不可逆性(物流2024年問題)、グローバリズム(越境EC)という個社では抗えない要因から生み出されます。世の中の潮流を見極めながら事業に当たってほしいと思います。