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そごう・西武労組のストライキは避けられなかったのか|経営再建2度失敗の断末魔

大手百貨店のそごう・西武が9月1日、セブン&アイ・ホールディングスから米投資ファンドへ売却されました。その前日には、西武池袋本店で百貨店として約60年ぶりにストライキが決行されるなど、労使をはじめとした関係者間の対立が激化しました。

そごう・西武の歴史を振り返ると、経営再建に2度失敗した末の断末魔であることが浮かび上がります。

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不動産ファンドによる百貨店経営はあり得ない

2023年8月31日、西武百貨店池袋本店が臨時休業しました。西武の労働組合がストライキ実施を決めたことから、会社が混乱を避けるために開店を取りやめたためです。労組がストライキを決行するというのは並大抵のことではありません。小売、特に大手百貨店では1962年の阪神百貨店以来、61年ぶりでした。

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そごう・西武労組を突き動かしたのは雇用環境が大きく変わることへの危機感でした。セブン&アイHDがそごう・西武を売却した相手は米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループですが、フォートレスは不動産ファンドです。

そしてフォートレスは、早くから家電量販のヨドバシホールディングス(ヨドバシカメラ)を連携相手とすることを決めていましたが、これはそごう・西武の不動産をヨドバシに売却する先としての連携先です。決して、ヨドバシがそごう・西武と手を携えて店舗を運営していくということではありません。

実際、ヨドバシはそごう・西武が持つ西武池袋本店やそごう千葉店、西武渋谷店の土地や建物の一部などを3000億円弱で取得したと複数のメディアが報じました。

そしてヨドバシは低層階にヨドバシカメラの店舗を出店することを計画しています。そごう・西武は駅前等の一等地にありますから、家電量販店にとってもその立地は垂涎の的です。

そごう・西武をめぐる売却の図式

資本の論理から考えると、不動産ファンドであるフォートレスが百貨店を中長期で経営するなどということは考えられません。なぜなら、フォートレスは自身に資金を拠出している投資家に多大なリターンを差し出さなければいけないからです。

フォートレスに資金を出す投資家は、リスクに見合ったリターンを求めます。百貨店を経営していたのでは、投資家が求めるだけのリターン(利益)を生み出すことはできません。自ずと、短期間に利益(キャッシュフロー)を確定できる土地・建物の売却を実行することになります。

今後フォートレスは池袋や千葉、渋谷3店を除く残った店舗(土地建物)を他社へどんどん売却していくことでしょう。

では、売却後も現在のそごう・西武従業員の雇用は守られるのでしょうか。残念ながら雇用が保証される可能性は低いと筆者は考えます。

なぜなら、百貨店の経営を継続する買い手が現れる公算は限りなく低いからです。そのような買い手がいれば、セブン&アイはとうの昔にそごう・西武を売却していたことでしょう。

以上のことは、外野にいる筆者が言うまでもなくそごう・西武労組やセブン&アイの関係者なら百も承知のはずです。しかし、雇用環境が大きく変わることが避けられないにもかかわらず、セブン&アイ経営陣はそごう・西武労組と十分な対話をしてこなかったのです。

セブン&アイからすれば、「売却後の雇用はフォートレスが考えること」というのが本音だったのでしょう。しかし、労組からすれば交渉相手は、まだ正式な売却先として決まっていないフォートレスではなくセブン&アイ経営陣をおいて他にないというのも事実です。この溝からストライキの萌芽が生まれたのでした。

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投資ができず、旗艦店さえも売上低迷

ここでそごう・西武の歴史を振り返ってみましょう。以下、同社ウェブサイトの「沿革」を要約します。

今から100年あまり前の1919年、大阪の心斎橋で株式会社十合呉服店が発足し、本格的な百貨店経営がスタートしました。1830年(天保元年)に初代・十合伊兵衛が大坂で古着屋を開業してから約90年後のことです。

1933年の神戸店を皮切りに、1960年代から80年代にかけて千葉や広島、横浜、大宮に出店していきました。

一方の西武百貨店は1940年、池袋で武蔵野デパートが開業したのが始まりです。1968年に渋谷店を開業したのをはじめとして地方都市へ積極的に店舗網を拡大していきました。

そごうと西武は百貨店としては後発組です。2社に共通するのは、高度経済成長期からバブル期にかけて大量出店することで成長したことでした。バブル経済が崩壊すると、当然のごとく過剰債務が原因で経営危機に陥りました。

そこで両社は2003年に経営統合し、ミレニアムリテイリンググループとして再出発しました。これが1度目の経営再建です。しかし、これは失敗に終わります。多くの不採算店舗を統廃合しましたが、再起はなりませんでした。

自力再建を諦めたミレニアムは2006年、セブン&アイ・ホールディングスに身売りして傘下に入りました。これが2度目の経営再建です。

ところが、またしても再起はなりませんでした。地方店や郊外店は売り上げ減少による損失計上が止まらず、経営に対して前向きな投資ができなかったことが致命的になったのです。

投資ができなかったことは、都心にある旗艦店の売上高の伸び悩みに直結しました。下グラフは西武池袋本店と伊勢丹新宿本店の過去15年における売上高の推移を表したものです。

伊勢丹新宿本店は2008年のリーマンショック以後、販売が低迷していましたが、その後は持ち直し、2019年3月期に2888億円と過去最高を更新しました。2021年3月期はコロナ禍によって2070億円まで落ち込みましたが、2023年3月期は3276億円となり、コロナ前のピークを軽々と上回りました。

一方の西武池袋本店です。セブン&アイ傘下に入った後、店舗別売上高1位の伊勢丹新宿本店との差を徐々に縮めていました。しかし、2016年2月期に記録した1900億円がピークとなって低迷が続いています。

当事者能力に欠けたセブン&アイ経営陣

かくしてセブン&アイ・ホールディングスによる百貨店事業への投資は失敗に終わりました。そして大株主である米国の投資ファンド(フォートレスとは別)から、百貨店事業(そごう・西武)を早期に売却するよう提案されるようになりました。2023 年のセブン&アイの株主総会では、井阪隆一社長の取締役選任議案に対して反対票が多く集まり、賛成比率は76.4%にとどまりました。

セブン&アイがフォートレスへのそごう・西武の売却を決めたのは2022年11月で、売却期日は本年2月1日の予定でした。しかし、西武池袋本店にヨドバシカメラが入居する案に対して土壇場で関係者から反対が相次ぎ、売却は延期されたのでした。

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この間、セブン&アイはそごう・西武労組がスト権を確立する本年7月下旬まで、売却について説明した機会は公式にはありませんでした。今後の就労環境が大きく変わる組合員(従業員)の心配は置き去りのまま売却交渉だけが既成事実のように進み、労組側の不信感が高まっていたのです。

セブン&アイは8月、ようやく井阪社長らが労組幹部と複数回にわたり協議しました。並行してセブン&アイは当時のそごう・西武社長を解任し、1か月で計6人の取締役をセブン&アイからそごう・西武へ送り込みました。

当時のそごう・西武社長は、ヨドバシが西武池袋本店の低層階へ入居することを柱とする改装案に慎重で、親会社のセブン&アイと溝が広がっているとみられていました。意見が合わない社長をはじめとする役員を総入れ替えする強硬策が、労組の神経を逆撫でしたと言えるのではないでしょうか。セブン&アイ経営陣の当事者能力の欠如を強く感じます。

そもそも労組は会社の売却自体に反対していたのではなく、あくまで丁寧な説明を求めていたのですから、態度を硬化させるのも頷けます。ストライキは、法律によって保障されている労働者の団体行動権の1つです。SNSに中傷があふれたような「組合のわがまま」や「資本の論理への抵抗」などでは決してありません

後味の悪さだけが残ったそごう・西武の売却劇でした。

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