アパレル小売業界のKPIを「客単価」にするべき理由。
長らく「売上」を経営の優劣を測るモノサシとしてきたアパレル小売業界。経済が右肩上がりの時代が終焉したにもかかわらず、いたずらに「量」を売り、売上規模を追いかける経営を続けているため、過度な価格競争を招いています。しかし、我が国は人類史上初めてと言われるスピードで人口が減少している成熟市場であり、売上規模を追いかけ続ける経営の矛盾が新型コロナウイルス感染拡大を機に噴出しています。
需要消失がニューノーマルとなった今、本当に追うべきKPIは何なのか。『生き残るアパレル 死ぬアパレル』著者で事業再生スペシャリストの河合拓氏が、圧倒的な価格競争力をもつ巨大企業と互角に戦う経営戦略と、そのために必要なことを紐解きます。
※本コンテンツは、2021年4月21日(水)に開催されたウェビナー「売上はもはや過去の成長指標~巨大企業と互角に戦うアパレル経営戦略~」での講演・対談を基に制作しました。本ブログの内容は、こちらのレポートでも読むことができます。
BSを見れば、在庫の危険性がわかる
日本のアパレル産業は「差別化」が大変重要になっていきます。アパレル市場規模は1990年には15兆円ありました。それがこの30年で10兆円になりました。しかし投入点数は2倍になっています。そして最も重要な指標であるプロパー消化率は40%を切っているのです。
要は単価が下がっているということ。この30年間で35%から40%ほど下落しています。
服が「美しさ」を自己表現するための1つのパーツに過ぎなくなったのが大きいでしょう。内から綺麗になって、カッコ良くなってシンプルな服を着る方が良い、という価値観に変わってきたと言えます。
なのに未だに主要KPIが売上のままであり、商社マンの評価は運んだコンテナの数で決まります。
皆さん、一度BSを見てみてください。売上高に対する在庫(商品及び製品、仕掛品)の割合がどんどん上がり、確実に売上は減っているので、現預金が減るあるいは借入金が増えていると思います。それくらい在庫は危険なものなのです。
在庫の時価評価に際して、3年間は売れるのに1年で償却(評価減を計上)してしまうことで、会計制度に引きずられて自ら商品(の価値)を殺してしまうということも起こっています。
大概の企業の原価率は50%くらいですが、値引きロスと償却ロスが原価率を大きくしています(上図)。逆に言えば、仕入れた商品を値下げせずに全部売り切れば、理論上、粗利率は企画原価率の逆数になります。儲かって仕方がない状態です。これは空論ではありません。
例えばワークマンはオフ率が約3%で、償却期間は5年から10年なので、数年かけて売り切っていきます。私が再生にかかわった通販会社2社の実例を紹介します。1社は下着がドル箱事業になっていて、もう1社は下着が大赤字になっていました。よく調べたら、ドル箱の方は償却期間が3~5年で、赤字の会社は1年だったのです。
つまり、最初の値付けと、売れ残った商品をいかに売り切るか。この2つを実行すれば粗利の面で“埋蔵金”が出てくるということです。
また、下図右側は縮小市場において昨対比マイナス5%の売上高目標を立てたケース、左側はプラス5%の売上高目標を立てたケースです。右側の方が左側よりも利益額が大きくなります。左側の場合、プラスの売上高目標に見合う在庫を用意するので、当然ながら売れ残ります。
マイナス目標にすると値引きロスと償却ロスがなくなるため利益が増えるというわけです。
欠品ではなく客単価をKPIにするべき
成熟市場でのMDは、成長市場のMDとは全く違うことを肝に銘じるべきです。シーズンは4つではなく8つに細分化されます。
そして欠品を指標にしないことが重要。成長市場では売上が減るから「欠品はダメ」と言われていました。しかし現在は成熟市場であるうえ、お客さんの大半は入店時に買うものを決めていないので、欠品していたら別の商品を提案すればいいだけの話。
だから欠品ではなく、客単価をKPIにすれば良いということです。
一事が万事、成長市場の時代のKPIがそのまま使われています。さらに、そもそも作る量が多すぎるのに、仮にAIの予測が当たったとして、どうして在庫が適正化されるのでしょうか。普通に考えれば論理的におかしいと分かるはずです。
そうではなく、お客さんの購買動向のデータから所要量を決めるべきなのです。そして値引きは、するにしても一律ではなくテクノロジーを使ってSKUごとに細かくやるべき。これが今現在の最適解でしょう。
そして、ブランドは価格そのものにプレミアムがつくことと、お客さんがつくことによるプレミアムが指標になります。自分たちはどの領域で一番になるかを考えないといけません。
成功体験が企業を滅ぼす
(※以下、事業再生スペシャリスト河合拓氏とフルカイテン代表の瀬川による対談の抄録です。)
瀬川(フルカイテン代表):成長市場と成熟市場での戦い方は違うという話がありました。成熟市場ではBSとキャッシュフロー(C/F)を見ないといけないのに、どうしてPL発想のままなのでしょうか。
河合氏(事業再生スペシャリスト):クリステンセンという人が「企業は勝ちパターンで死んでいく」と言っていました。今年いろんな企業で社長が交代しましたが、バブル時代に一山当てた人たちが社長にいたわけです。先日、役所の有識者会議に呼ばれて講演したところ、役人が「それは暴論、極論です」と言ってくる。要はやる気がないのです。企業は大きくなると勝ちパターンに収斂されて固まってしまうものです。
かつて残品率7割という会社があって、調達、プロパー販売、値引き販売と全てセクションが違いました。みんなそれぞれ仕事はしているのですが、全体最適になっていなかったのです。人間は与えられたミッションで動きますから、組織の設計がうまくなかったということでしょう。
瀬川:弊社のとあるお客様企業ではコロナ禍の影響で仕入れがしばらく止まったのですが、在庫が減ったお陰でセールがほぼなくなり、コロナ前よりも営業利益が増えたそうです。この会社の経営層は「在庫を(たくさん)持たない方がいいよね」という考え方になり、ビジネスモデル変革が始まりました。
一方で、単純に在庫を減らすと、一時的には前述のような効果がありますが、2年後、3年後には事業がシュリンクしてしまいます。小売業界全体で、ひとまず在庫を減らした後の事業運営が課題になりますよね。
河合氏:産業分類をプロダクト中心ではなくソリューション中心にしていくべきだと思います。糸へん(アパレル)だけ売るのではなく、顧客を美しくするという事業を伸ばすしかないでしょう。それでも糸へんだけやりたければ海外に打って出るしかないですね。
瀬川:2019年には50万人の人口が減りました。人口動態をみると、2025年からは毎年100万人前後が減少していきます。しかも人口の3分の1が高齢者になるという、人類がかつて経験したことのない人口減少が待ち受けています。
河合氏:私がカートサーモンにいた時代は「目指せ東南アジア」でした。人口がすごく増えていますから。我々はもう少し謙虚になって、国内市場を見詰めたうえで世界化を諦めたらいけないと思います。
小売も商社も付加価値で勝負するべき
瀬川:「欠品に関する考え方を変えよ」というお話も示唆に富んでいますよね。売切れ御免がこれからは正しくなると思いました。
河合氏:ダメな経営者ほど欠品回避と在庫削減の両方をやれと言うのです。でも、経営は絞り込みです。どちらを捨てるかを決めるのが経営なのです。
瀬川:欠品するまで売り切った、と評価されるように変わっていったら良いですよね。
河合氏:以前ある商社が面白いことを言っていました。売上は半分でもいいから粗利益率を2倍にする、と。正しい判断だと思います。トレード(相場、取引)ではなく投資に舵を切って、付加価値を上げていくということです。
そのうえで投資に随伴するトレードを手がけていく複合的な事業構造に変わっていかないといけないです。世の中が変わっているんですから。アパレルも同様です。メルカリは上場して黒字になってるのですから、売りっぱなしではなく2次流通を自分たちでやればいいんです。
Q.通販会社2社の下着事業の例で、償却期間が短かった赤字会社は償却期間を変更した(延ばした)のでしょうか。
河合氏:商品ごとに価値の残存期間があるのですが、その残存期間ごとに1年、3年、5年と細かく設定しないといけません。ところが赤字会社は一律で償却期間を設定していました。
なので商品の価値の残存期間に合わせた償却期間を最初から決めておくようにしました。そのポートフォリオで償却期間が長いものが多いほど、トレンドの波に翻弄されにくいMDができるということです。
在庫をカシコク回して、経営をもっと楽にする。
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【プロフィール】
事業再生スペシャリスト
河合 拓 氏
Arthur D Little,・カートサーモンUS Inc.・アクセンチュア戦略グループ・日本IBMのパートナー(共同経営責任者)を歴任し、日本とアジアで50以上の小売企業の再建に成功した日本で唯一のコンサルタント。企業買収、デジタル導入、海外進出の3つおいて独自の理論を持ち、数多くの提言は業界に多くの影響を与える。IFIビジネススクール講師、企業買収ファンド(Private Equity)のマネジメント・アドバイザ。 国内外での年間講演回数は20を超え、2016年経済産業省に提言した「デジタルSPA」は産業復興政策の切り札として採用。NHK「クローズアップ現代」、国際衛星放送「Bizz Buzz Japan」のコメンテータとして出演。代表著書「ブランドで競争する技術」は、中国語に翻訳されアジアでベストセラーとなる。2013~16年東証一部上場企業の社外役員。