「推し活」全盛時代のリアル店舗の勝ち筋とは
アパレルをはじめとする大手小売が相次いで発表した2024年度上期(3〜8月たまは4〜9月期)決算は、7月以降の消費回復を捉えて夏物の販売が好調だったことから、軒並み好業績となりました。
その中で各社が今後の注力ポイントとして挙げているのがリアル店舗(実店舗)の成長です。なおかつ、ただの店舗ではなく、「リアルの価値」を最大限に活かす姿勢が目立つのです。新型コロナウイルス禍が収まって1年半が経つ今、実店舗を伸長させるポイントについて考えてみます。
物価高でも「推し活」ヒートアップ
これからの実店舗には、従来以上に高い付加価値が求められています。その代表例が、単に「モノ」を販売して終わりではなく、「コト」を創り出して顧客の体験価値を向上させる役割ではないでしょうか。
そうしたコト消費を構成する要素の1つが推し活です。日本生産性本部が公表したレジャー白書2024によれば、2023年の余暇(レジャー)市場は前年比13.4%増の71兆2140億円となり、新型コロナウイルス禍の前である2019年の98.5%まで回復しました。
また、博報堂DYホールディングス傘下企業が推し活による経済活動の実態をまとめた「オシノミクスレポート」によると、全国で「推し」がいると自認している人の割合は34.6%に上りました(n=1,380。10〜69歳男女)。3人に1人は推し活をしている計算です。また、アニメや同人誌、ゲーム、プラモデル、プロレス、コスプレなど広義の「オタク市場」は、2023年度予測で約8000億円超の規模になるという推計もあります(矢野経済研究所)。
前記オシノミクスレポートには、推し活の消費目的に関する調査結果も盛り込まれています(下グラフ)。
それによると、消費目的で最も割合が高かったのは「応援するため」というもので、約55%が回答しました。次いで「感謝を示すため」「身近に感じるため」「もっと深く知るため」と続きます。
同レポートは、次のように分析しています。
「推し活」は、推しへの愛情表現にとどまらず「自分をいきいきさせるためのもの」へと進化しています。
https://www.hakuhodo.co.jp/humanomics-studio/assets/pdf/OSHINOMICS_Report.pdf
(中略)
一見利他的な行動にも見える推し活ですが、実はめぐりめぐって自分のためになると、自分でも理解しているようです。だからこそ、推し活にはポジティブに、積極的にお金を使いたくなるという心理がはたらいているのではないでしょうか。
推し活消費とは、「推し」への消費を介した自己投資であると言えそうです。
これを小売観点で紐といていく場合、推しを「ブランドの世界観」や「実店舗の体験価値」に置換して解釈することが可能なのではないでしょうか。顧客が消費を介した自己投資をしたいと考えるようなブランド育成と店舗づくりがますます求められるといえます。
@cosme実店舗は前期比51%の大幅増収
そうしたなか、実店舗の売上の伸長が著しいのが、化粧品口コミサイト、@cosme(アットコスメ)で知られるアイスタイルです。アイスタイルのリテール事業(小売部門)は店舗とECで構成しますが、2024年6月期は両チャネルともに大幅な増収となりました(下グラフ)。
年間売上高は421億円となり、前期から44.2%増収となりました。アイスタイルといえば、アットコスメのイメージが強いという読者も少なくないと思われますが、リテールが全社売上高560億円の75.1%を占めているわけです。
リテールの中でも特に増収となったのが実店舗です(下グラフ)。
2024年6月期一年間の店舗売上高は278億円とリテール全体の66%を占めますが、前期と比較して51.6%増加しました。店舗数は直近2年間で24から31へ増えた効果もありますが、1店舗あたりの売上が伸びているのが主因です。
そうした好調な販売を支えるのが、ECと店舗の相互送客と、アットコスメのメディア(広告)で稼いだ現金を実店舗への投資に回すビジネスモデルです。
参考:LTVと広告効果UPの切り札!?/2024年ビジネス必修語「リテールメディア」の全て
店舗での接点によってCPA低下
アイスタイルが長年、リテールで重視しているのが、ユーザーに店舗とECの両方をいかに利用してもらうかという点でした。
同社は毎年6月に「@cosme SPECIAL WEEK」、12月には「@cosme BEAUTY DAY」という二大セールイベントをECで開催しています(本年6月のSPECIAL WEEKは1週間の期間中に22億円も売り上げたそうです)。ここを入り口にしてユーザーを増やし、実店舗との連携(誘導)を図っています。その結果、ユーザーのECおよび実店舗の併用率は22.3%まで上昇しました。
こうした双方向のO2O(Online to Offline かつ Offline to Online)を支えるのが、メディアであるアットコスメというわけです。口コミを見にくるユーザーに買い物の判断に役立つ情報を提供し、広告配信や化粧品会社へのマーケティング支援で高い粗利益を稼いでいます(下図チャート参照)。
また、店舗での販売増は1 ユーザーあたりの獲得単価(CPA)を安くすることにも寄与します。前出の「@cosme SPECIAL WEEK」や「@cosme BEAUTY DAY」といったイベントを活用して顧客接点をつくることで、ECのサブスクリプションにつなげるサイクルを深化させているようです。
この点、メディアであるアットコスメのMAU(月間有効ユーザー数)1700万人に対し、月間購入者数は店舗が43万人、ECは17万人です(いずれも2024年6月時点)。この差分が、双方向のO2Oを深める伸びしろになっていると言えます。
なお、小売業ではセール時、卸やメーカーに値引き原資を要求するケースが多いですが、アットコスメストアでは口コミサイトの公平性・客観性を担保するため受け取っていないそうです。
ZOZO次世代店舗はAIがコーディネート
他社も負けていません。ZOZOは2022年12月、AIとスタイリストが個々人に似合うパーソナルなスタイリングを提案する施設、niaulab(似合うラボ)by ZOZOを東京・表参道にオープンし、ファッションに関する様々なデータを蓄積してきました。それらの一部を2024年5月から、コーディネート助言アプリWEARに導入しました。
そして、同時に公開した動画では、2026年を目処に実店舗とECを融合させた次世代店舗をオープンさせる構想を明らかにしました。
精度を高めたAIが衣服のコーディネートのほかスタイリングやヘアメイクをレコメンドするサービスを実用化する計画です。似合うラボという〈売らない店舗〉でデータを集め、WEARやZOZOTOWNといったオンラインサービスでのパーソナライズにデータを活用し、実店舗での顧客満足度の向上に還元するという仕組みは、まさに次世代です。
また、アダストリアは2024年10月23日から、自社ECサイトの名称をドットエスティから「アンドエスティ」へ変更しました。目的は認知拡大とオープン化(ECモール化)の加速です。
ドットエスティでは試験的に他社ブランドの商品を扱ってきましたが、アンドエスティでは年内に順次15ブランドが他社から参画します。アダストリアが掲げる「グッドコミュニティ」のコンセプトに即した社内外のブランドの品揃えを充実させ、機能も追加していくそうです。
併せて全国に22カ所あるOMO型店舗ドットエスティストアも「アンドエスティストア」に改称し、出店を加速させるそうです。これによってアダストリアは顧客との接点を増やし、マーケティングの共創の場としてアンドエスティを活用する計画であり、目線は実店舗へのさらなる送客に向いています。
最初の章でも触れましたが、「ブランドの世界観」や「実店舗の体験価値」が実店舗の付加価値に直結します。アイスタイルのCPA低下を意識したO2Oや、ZOZOやアダストリアのOMOは好例であり、アパレルをはじめとした小売各社はそれぞれの創意工夫が求められます。