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「在庫積めばもっと売れる」という誘惑を絶ち成功した国産靴メーカー社長の闘い

「もっと在庫があれば、もっと売れるのに」「全サイズの在庫が揃ってないと売れなくなる」…。「華の風」ブランドの国産革靴を販売する後藤篤志氏は、取引先のバイヤーが発するこうした甘言と闘ってきた。在庫の〈常識〉を真っ向から否定し、サイズが多く生産ロットも大きい靴業界において陥りやすい不良在庫の悪循環から脱却。下記を肝に銘じてビジネスを回した。

  • バイヤーの口車に乗るのは、正直言ってラク
  • ラクして売上を増やそうとするから在庫が増える
  • 「早く買わないと売り切れる」という価値を訴求すべき

売上の成長と在庫高の維持を両立している後藤氏に経営のイロハと今後の展望について聞いた。

委託販売の返品在庫で苦しむ

名古屋駅から名鉄犬山線で約10分。愛知県北名古屋市の幹線道路沿いに後藤氏が経営する株式会社ワン・イレブンの本社はある。靴のサンプルや撮影機材が並ぶ事務所で後藤氏は「在庫は闘いです。給料、家賃、仕入代金……いったい誰を相手に商売しているのか分からなくなっていた時期がありました」と語り始めた。

後藤氏は靴問屋の営業などを経て2014年に創業。2015年にワン・イレブンを設立した。「華の風」のブランドで日本製のレディス革靴の小売・卸売を手がけている。テレビ通販のQVCジャパンやカタログ通販への卸売、名鉄百貨店一宮店の常設店が主な販路で、他の百貨店や東急ハンズなどの商業施設でポップアップストアも出す。

中心となる価格帯は1万2800~1万3800円。2019年8月期は1.3億円を売り上げた。

在庫との闘いはテレビ通販から始まった。テレビ通販は委託在庫のため、預けた商品が一定期間内に売れなければ出品者に戻ってくる。通販側は在庫リスクを負わないため、バイヤーは売り逃しを避けるため出品者にどんどん在庫を積むよう求める仕組みになっている。

後藤氏は戻ってきた商品を販売するため、実店舗やECサイトを強化したが、維持にかかるキャッシュアウトが大きく、苦労の連続だったという。
そこでおよそ1年前、改革に乗り出した。テレビ通販は、納期と生産能力の相談に応じてくれるQVCのみとし、それ以外は委託販売をやめて買い取りをしてくれる事業者だけに卸すようにした。

「要は販売チャネルの断捨離。目先の売上を追うあまり、在庫の〈出口〉がおろそかになっていましたね」と後藤氏。在庫が減ると販売価格を守れるようになっていったという。

全サイズ揃えさせようとするバイヤーのエゴ

華の風の靴は21.5~24.5センチの7サイズで展開しているが、22.5~24.0が販売数量の7~8割を占めるという。このゾーンの商品は売れ残っても問題ないが、21.5と22、24.5の「端サイズ」については非常にシビアに見ている。

バイヤーは『端が欠品すると、全体が売れなくなる』と言って、常にウチに全サイズを用意させたがります。でも僕は『そんな訳ないでしょ』と突っぱねるんです。(委託販売の)バイヤーは在庫リスクを負わないからそんなことが言えるんです」

最近ポップアップストアを出した商業施設からも「もっと在庫があれば、もっと売れるのに」と言われたが、「早く買わないと売切れる、という価値をお客さん(消費者)に伝えたいのです」と意に介さない。

以前こんなことがあった。大手アパレル企業の販売員経験者がワン・イレブンに入社し、端サイズが欠品している店頭を見て「どうして無いんですか?」と驚いた様子を見せた。さらに端サイズが1日に3足売れたことから追加仕入れを提案してきたが、後藤氏は「3足売れても20足余ったら意味がない」と却下したという。

結局この店員は退職してしまったが、後藤氏は「全サイズ揃えないといけないというのは、ただのプライドに過ぎません」と断言する。

名鉄百貨店一宮店にある常設店舗

定番の理由は「履きやすさ」と「作りやすさ」

無駄な在庫を持たない姿勢は、生産体制にも如実に表れている。
製造は神戸や大阪の工場に外注しているが、例えば「60日、1ダース」のように短納期・小ロットに対応できるところとしか取引しない。だからこそ、職人たちが作りやすいデザインを心がけている。

「定番とされるデザインには理由があります。履きやすさはもちろん、作りやすいという点です。デザインに過度に凝ると納期遅れにつながるという事情もあります」と後藤氏。消費者は、尖った商品を意外と求めていないと感じている。

ここぞ、と思う工場には卸し先のバイヤーを連れていくこともある。ものづくりの現場を見てもらい、華の風のブランド価値を理解してもらうためだ。
今期(2020年8月期)は、3年前の他のテレビ通販向け在庫を地道に値下げしながらようやく一掃できた。大企業が社員や限られた招待者向けに開くファミリーセールで思い切って値下げするなどして一気に売り切ったが、これ以外は野放図なセールはしないという。

今期の売上高は前期比54%増の2億円を見込む。棚卸資産(在庫)は3500万~4000万円で推移しており、在庫回転率が1回転も珍しくない靴業界においては、かなり健全な数字といえるだろう。

今後2、3年を売上高2億~2.5億円で推移できれば、収益基盤がかなり安定すると考えている。「もっと在庫を積めば、売上はもっと増やせるとは思います。でもそれはラクしているだけ。リスク以外の何物でもないでしょう」と後藤氏。在庫との闘いは続く。

編集後記

在庫がなくなった分だけ、また仕入れることができる。仕入れるために、在庫を現金化する。在庫コントロールの基本中の基本とされるOtB(オープン・トゥ・バイ)は、言うは易く行うは難しだが、後藤氏の思想と手法はOtB実行の1つの解といえる。売上規模がもっと大きい事業者がそのまま手本にできるものではないことは重々承知だが、靴小売・卸業界への強烈なアンチテーゼといえるだろう。特に、由緒ある老舗革靴メーカーの製品が、在庫処分業者を通じて1足100円や200円で捌かれていたという話を耳にした後では、今後どちらが生き残るのかは自明に思えた。(南昇平)

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