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「半分、暑い。」時代のアパレルMDとは

「半分、暑い。」アパレル壊すーー。

永野芽郁さんが主演したNHK朝ドラ(連続テレビ小説)のタイトルにひっかけた記事の見出しが日本経済新聞の紙上に踊ったのは2019年11月のことでした。気候変動により猛烈に暑い日が増え、一年のうちおよそ半分は「夏」とも言える高気温が常態化しつつあったことを絶妙に言い表しています。

それから4年半。アパレルにおける伝統的な秋冬(AW)、春夏(SS)というシーズン別MD(マーチャンダイジング)は根拠を失い、気温に応じて柔軟にMDを構築する企業が増えています。本記事では気温別MDの最前線を追ってみます。

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2020年代は昭和・平成よりも「夏」が50日長い

2024年もまもなく5月。ここ数年は10月頃まで暑い日が続くことが多く、あっという間に「夏」が来るイメージではないでしょうか。

そして東京を例にとれば、1933年8月における最高気温の平均は31.6度でした。それが90年後の2023年8月は34.3度にまで上がっています。年々、7~8月を待たずに気温が30度を超えるような暑い日が訪れることが多くなっていると多くの人が感じていることでしょう。

冒頭で紹介した日経新聞のコラム記事では、空調大手のダイキン工業が2019年7月に公表した調査結果が紹介されています。そのダイキンによる調査のリリースを見てみると、示唆に富むタイトルが掲げられていました。

「令和の東京の夏は昭和・平成より50日長くなる!?」というものです。

調査は東京生まれ・東京育ちの20代~60代の男女500人を対象に、夏の始まりと終わりの体感について聞いたものです。小学生の頃(10歳頃)の東京の夏については、各年代に大差なく「6月下旬~7月上旬」に始まって「8月中旬~下旬」に終わると回答されていました。つまり、昭和35年(1960年)~平成21年(2009年)の東京の夏は約50日間だと思われていたということです。

これに対し、現在の夏については「6月上旬~中旬」に始まり「9月中旬~下旬」に終わるという回答だったというのです。夏の期間は約100日間だと思われていました。

※参考:<ダイキン『第25回 現代人の空気感調査』>東京生まれ・東京育ちの男女500人に聞いた「令和元年 東京の夏の空気感調査」

こうした長い夏の影響を最も受けるのがアパレル業界でしょう。一般的に最高気温が25度を超えると半袖の衣服が心地良くなるとされ、アパレルの店頭では長袖を引っ込めて半袖を前面に出すようになります。

また、2023年を思い返すと、秋以降も気温が高い日が多く、防寒着をはじめとする冬物は総じて奮いませんでした。伝統的な秋冬、春夏というシーズン別MDから気温に応じたMDへと、実需に柔軟対応する必要があります。

秋物が売れるのはたった1カ月!?

そうした気温別MDの必要性について触れる経営トップは2019年から徐々に増えています。例えばストライプインターナショナルの石川康晴社長(当時)が「2020年夏から夏物を1月半長く販売する」「これまでは季節軸だったが、今後は気温軸で考える必要がある」と宣言して話題をさらいました。

そしてフルカイテン・セミナーでおなじみの小売・流通コンサルタント齊藤孝浩氏が2020年7月に既に興味深い分析をブログに載せていましたので、一部紹介します。

齊藤氏はまず、衣料品の実需を左右する気温条件を経験値から次のように定義しています。

  • 春:最高気温が15度を上回る日が続く
  • 夏:最高気温が25度を上回る日が続く
  • 秋:最低気温が15度を下回る日が続く
  • 冬:最低気温が8度を下回る日が続く

この定義は多くの方が頷けるものだと思います。そして、この定義を分かりやすく言い換えると、次のようになるでしょう。

  • S/Sシーズン
    • 最高気温が15度を上回る日が続くと、春服需要が高まる
    • 最高気温が25度を上回る日が続くと、夏物需要が高まる
  • A/Wシーズン
    • 最低気温が15度を下回る日が続くと、秋物需要が高まる
    • 最低気温が8度を下回る日が続くと、冬物需要が高まる

次に、気象庁のデータを上記定義に当てはめると、次のようになります。

 
2017~18年10/13~1カ月11/16~3.5カ月2/28~2.5カ月5/14~5カ月
2018~19年10/17~1カ月11/20~3カ月3/9 ~2.5カ月5/22~5.5カ月
2019~20年10/21~1カ月11/21~3カ月弱2/11~2.5カ月5/2 ~5.5カ月

参考:ファッション流通ブログde業界関心事/気温に合わせて品ぞろえ計画、在庫運用を考え直す

上記定義に基づいて、筆者も2022~23年について調べてみました(下表)。

 
2022~23年10/18~1カ月弱11/13~3.5カ月2/27~2カ月強5/4 ~5.5カ月

「冬」がどんどん短くなり、「夏」が長くなっていることが分かります。まさに半分暑い世界です。そして、「秋」の短さが目を惹きますし、2023年は「春」が過去数年の2.5カ月から2カ月強へとおよそ2週間短くなってしまいました。

こうなると、つくる商品は自ずと変わり、それに伴って求められる素材も変わってくるでしょう。綿や羊毛といった天然素材よりも、吸湿速乾、涼感などの機能性を付加しやすい合繊がメインになっているのは夏が長くなっていることと無関係ではありません。

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需要予測よりも気温分析の方が役に立つ

では、大手各社はどのような手を打っているのでしょうか。最もオーソドックスなのが、シーズナル商品よりも販売期間を長く取れるベーシック商品の割合を上げることでしょう。

ユニクロは気温が高かった2023年12月の既存店売上高が前年同月比15.4%も減少しました。ファーストリテイリングの岡﨑健CFO(最高財務責任者)は2024年1月の決算会見で「気温に合った需要予測に沿った商品を用意するという点で対応が弱かった。お客が何を求めているのかに合わせ、適切な商品構成を考え商品の中身も変える」(繊研新聞)と語っています。WWDジャパンも「秋冬だからこれを売るという前年踏襲型MDは改めて見直す」という岡﨑氏の発言を紹介しています。

従来、冬物としては単価の高いアウターやセーター類が売れ、各社の書き入れ時を支えていたので、MDを組む人たちはそれらに頼ることができました。しかし、気温別MDとなると、そうしたエース(柱)不在のまま商品計画を立てなければならず、難易度は上がります。少なくとも、従来のような型数・数量を作り込む手法はリスクが大きいでしょう。

また、言うまでもなく、夏物は冬物と比べて商品単価が低く、粗利益も取りにくくなるのは自明です。実際、コロナ禍より前までは、上半期(3月~8月)は営業赤字で、秋冬物を売る下半期(9月~翌2月)の利益で通期黒字にするというMDを、業界を代表する大手アパレルでさえも採用していました。

しかし、こうした“どんぶり勘定MD”は、市場が右肩上がりで成長している時は通用しましたが、売上規模ではなく粗利益を重視すべき現在の縮小市場ではサステナブルではありません。利幅が小さい夏物を販売する期間が長くなっていることに対応し、セールを極力避けるマーケティング、売り場づくりが求められます。

また、統計的に天気予報が的中する確率は85%前後とされています。天気予報は気圧配置や雨雲の動きなどのビッグデータと、過去の天候データを基に最も確からしい天気を導き出す仕組みです。

これは、アパレルの需要予測とよく似ています。大きく違うのは、アパレルの需要予測は外的要因に左右される度合いが大きいという点です。この点、天気予報は約85%の確率で当たります。例外的または突発的に気温が上下することもありますが、販売期間全体でならせば平均的な気温と需要に回帰していくものです。

過去の気象データは気象庁のホームページでこと細かく公開されていますので、それを基に販売期間を組み立てるのも可能です。旧来のMDを続けるよりは良いのではないでしょうか。

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