アパレルTOP10に見る「店舗とECの未来図」|セミナーレポート
2023/12/6 (木)に、オンラインセミナー「アパレルTOP10に見る『店舗とECの未来図』」を開催いたしました。当日ご参加いただきました皆様に、御礼申し上げます。
セミナーでは『ユニクロ対ZARA』の著者、齊藤孝浩氏にグローバルトップ10企業の業績や動向から店舗とECの未来について解説していただきました。
本記事では齊藤孝浩氏のお話を元に、アパレルのトップ企業の決算から各社が取り組む最新のOMO戦略までを詳しくご紹介します。
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【お役立ち資料】グローバルアパレル企業TOP10に見る「店舗とECの未来図」
齊藤 孝浩 氏(ディマンドワークス代表/在庫最適化コンサルタント)
グローバルな海外商品調達からローカルのチェーンストア経営までアパレル業界で豊富な実務経験をもつファッション流通コンサルタント。事業会社時代に過剰在庫を抱え、苦労した経験を体系化して2004年に在庫最適化コンサルタントとして独立。
これまで30以上のストアブランドの成長段階における在庫コントロール業務の再構築支援に携わる。22年4月、明治大学商学部特別招聘教授(専門はサプライチェーン)就任。著書に「ユニクロ対ZARA」、「アパレル・サバイバル」、「図解アパレルゲームチェンジャー」などがある。
矢田 陽平(フルカイテン株式会社カスタマーサクセス リーダー)
2011年に株式会社ファーストリテイリングに入社。
ジーユー日本事業で店長やSVを経験した後に、海外(中国/台湾)で営業/教育責任者として、全店舗の統括、採用/育成プログラムやインシーズンの商売立案を担当。
その後、HR-Techスタートアップでカスタマーサクセスを経験しフルカイテンに入社。
現在はカスタマーサクセスチームのリーダーとして多くの顧客支援に従事している。
世界アパレル専門店売上ランキングからの気づき
齊藤氏:まず、以下の表が2022年度の世界のアパレル企業売上ランキングになります。コロナ後の変化が見て取れる結果となり、非常に注目度の高い決算でした。
売上高に注目すると、インディテックス(ZARA)が突出しています。それから、H&M、ファーストリテイリング、ギャップと続き、それらの企業群を追うようにプライマーク、ルルレモンが売上を伸ばしています。
さらに、TOP10にランクインしている企業でも、明暗がはっきり分かれていることがわかります。絶好調のZARAと、好調に乗ってきたファーストリテイリング、プライマーク、しまむら、一方で苦戦を強いられているH&M、ギャップ、ヴィクトリアズシークレットと分けられるでしょう。
では、パンデミックを超えた売上の好調・不信の明暗はどこにあったのでしょうか。大きな要因の1つとして挙げられるのは、ECへの取り組みです。
ここで、売上ランキング右側のEC売上比率の表を見てみましょう。
各企業の店舗の売上前年比とECの売上前年比を比較すると、店舗とECの両方を伸ばしている企業がある一方で、店舗は回復しているがECの売上は落としている企業もいくつか見受けられます。このような傾向は、このリストに載っている企業だけでなく、実際に多くのアパレル企業に見られた特徴でした。
なぜ、このようなことが起こったのでしょうか。
コロナが明けて以降、ショッピングセンターでの買い物客が増え、店舗に顧客が戻りました。これにより、コロナ禍ではECで商品を購入していた顧客が、店舗で商品を購入するようになり、店舗売上は上がった一方でECの売上が相対的に下がったのです。
つまり、店舗の売上増加の要因がビジネスの拡大によるものではなく、ECからの顧客の流入だったために、売上にこのような差が生まれたといえるでしょう。
ECでも売上を伸ばしている企業は海外展開に注力している企業が多く、ECもグローバルに対応しています。そのため、コロナ以降も国境を超えてビジネスを拡大でき、店舗もECも双方売上を落とさずに全体売上を成長させることができました。
このようにコロナ明けで顧客の店舗回帰があった中でも、いかにECの売上を伸ばし続けることができたのかが、2022年度の決算の明暗を分けた大きな要因のひとつだったのではないでしょうか。
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売上TOP10企業に学ぶ店舗&EC戦略
では、世界的な売上を上げている企業はどのように店舗・EC事業に取り組んでいるのでしょうか。以下では、売上TOP10にランクインした企業の興味深い事例をご紹介します。
プライマーク|宅配ECは行わない低価格アパレル
売上ランキングで第5位に位置づくプライマークは、欧州諸国を中心に約400店舗を展開する低価格のアパレルチェーンです。日本には上陸していないため、あまり知られていないブランドかもしれません。
プライマーク最大の特徴は、オンラインストアで商品を販売しない点です。
プライマークのウェブサイトでは扱っている商品と在庫のある店舗の表示のみを行っています。一部の店舗ではオンラインストアでの注文を受け付け、店舗で受け渡す「クリックアンドコレクト」を行っていますが、宅配は一切行っていません。
このような戦略は、時代の流れに逆行しているように見えますが、プライマークのビジネスモデルをみると、非常に理にかなっていることがわかります。
まず、ECでの販売は店舗の管理費がかからない一方で、広告宣伝費や物流費としてかなりのコストがかかり、特に物流費は燃料費・人件費の高騰により昨今上がり続けています。
プライマークは商品の単価が安いため、企業としては物流費を支払って宅配販売を行うと採算が合いません。もし、送料の一部を顧客負担にしても、そもそもの商品単価が安いために、顧客にとって負担が大きくECで商品を購入する際の障壁となるでしょう。そのため、プライマークでは宅配を行わず、あくまで店舗での販売に注力しているのです。
このような事例からもわかるように、自社のビジネスモデルを改めて見直したときに、宅配ECが本当に利益をもたらすのかどうか、一度考える必要があるでしょう。
インディテックス|店舗とECの在庫を一元化
今、多くの企業に導入が進んでいるサービスとして、「クリックアンドコレクト」と「スキャンアンドバイ」があります。
「クリックアンドコレクト」とは、プライマークの事例で述べたようにECで購入した商品を店舗やコンビニなど自宅以外の場所で受け取れるサービスを指します。一方、「スキャンアンドバイ」は、店舗の商品のバーコードをアプリでスキャンし、そこからオンラインサイトで購入できるサービスのことです。
インディテックスでは、店舗とECの在庫を一元化することで、これらのサービスを徹底して行っています。具体的には、店舗のバックヤードにある在庫をECでのオンライン注文に引き当てることで、店舗に在庫があれば、注文して2時間以内での店舗受け取りが可能になりました。
さらに、店舗を在庫の拠点として捉えることで、ECでの販売も拡大しています。ZARAは現在94カ国に店舗を出店していますが、ECを展開することにより販売国は世界202カ国に登ります。出店していない国への配送は本社があるスペインからではなく、近隣国の店舗から配送することで物流費を大幅に削減しています。
これらの在庫の一元化を進める上で、ZARAでは一部の小型店舗を撤退させ、大型店の出店を行い、店舗の大型化に取り組んでいます。これにより1店舗あたりの在庫数・商品数が増え、世界各国にある店舗自体がECの拠点となることで、他の企業に先んじて大きな成果をあげています。
ネクスト|他社のECを代行運営
売上ランキング第7位にランクインしているネクストは、ECにかなり早くから力を入れて来た企業の一つです。オンライン注文の店舗受け取りを世界でもかなり先駆けて行った企業であり、2022年度のEC比率は55.5%を占めています。最初にご紹介したEC売上比率の表をご覧いただくとわかるように、これは売上TOP10企業の中では最も高い比率です。
ネクストはイギリス国内に約500店舗展開しており、オンラインで注文すると24時間以内に近隣の店舗で商品が受け取れるサービスを提供しています。他社に先んじてECに取り組んでいたことから、ECのインフラ・プラットフォームが確立しているため、自社が持つ交通網と国内に広く展開する店舗拠点を活用して、他社のEC事業の代行サービスを行っています。
つまり、ネクストでは受注から発送、受け渡しまでのインフラが整っているため、その一部を他社に貸すことで新たな収入源を得ているのです。他社商品はネクストのサイトで購入できることもあれば、自社のサイトで購入してもらい、配送、受け渡しをネクストのインフラ経由で行うなど、柔軟に対応しています。
この事業の貢献もあり、ネクストの営業利益率は17.4%と非常に好調で、TOP10企業の中でも最も高い企業となっています。
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急成長企業は従来型のトップ企業と何が違うか?
次に、急成長している企業の事例をご紹介します。従来のトップ企業が今まで行ってこなかった新しい戦略を取り入れており、今後の事業戦略のヒントが詰まっておりますので、ぜひご参考にしていただきたいです。
ルルレモン|アクティビティからウェア販売
最初にご紹介するのは、売上ランキングにも第6位にランクインしているルルレモンです。ルルレモンはカナダに本社を構え、アメリカ市場をメインにビジネスを行っている企業です。ウェアを中心に販売するアクティブウェアブランドで、直営店とオンラインで販売を行っています。売上は既に1兆円を突破し、営業利益も非常に高く、店舗・EC共に大幅に成長しています。
この企業が従来の企業と違うのは、顧客エンゲージメント作りに力を入れており、アクティビティ(コト)を通して商品を販売しているという点です。
顧客エンゲージメントとは、企業と顧客の信頼関係を指します。顧客が企業の商品に信頼を寄せていると、お気に入りの商品をリピート購入したり、友人に商品を紹介するなどして、優良顧客が増え、企業の収益アップにもつながります。
ルルレモンでは、店舗でヨガ教室やランニング教室を開くことで顧客エンゲージメントを高めています。このようなアクティビティにより、アンバサダーやトレーナーを中心にローカルコミュニティが形成されることで、顧客が企業へ連帯感や親近感を抱くようになります。
また、ルルレモンのウェアを着用する機会や商品を顧客に直接紹介する機会を作ることで、商品の販売にもつなげています。
さらに、ルルレモンでは有料会員制を導入しています。会員制は多くの企業が導入しており、たくさんの商品を購入してくれた顧客には商品の割引を行う、という制度が一般的ですが、ルルレモンではリピート顧客からお金を取るという真逆の戦略を取ります。
もちろん無料でも会員になれるのですが、有料会員は、商品情報はもちろん、提携施設がお得に利用できたり、有料コンテンツが見放題など有料会員ならではの様々な特典がついてきます。この会員制度は好評で、スタートからわずか7ヶ月でまずは無料登録者が900万人を超えました。今後、有料会員増を目指します。
このように、TOP10企業の中でもユニークな戦略を取るルルレモンはこれからも成長する余地を残しています。顧客エンゲージメントを高める上で、日本企業にとっても非常に参考になる事例です。
SHEIN|産地から世界を攻める越境EC
次にご紹介するのは、非公開企業ながら規模を急拡大している見えない強豪、SHEINです。
SHEINはアメリカのファストファッション市場における推定売上高が同業のZARAやH&Mをはるかに上回り、今最も注目を集めるアパレルブランドです。
従来のファストファッションは、人件費の安い国で生産を行い、アメリカやEU、日本など経済大国で店舗を展開して、シェアを拡大するというのが基本戦略でした。一方で、SHEINは店舗を持たず、生産国から世界各国の消費者に直送しているという点で、従来の戦略とは全く異なります。
SHEINの生産拠点は中国の広州にあり、素材とそれをすぐに製品化できる工場が集積しているため、受注に即座に対応できる生産体制が整っています。
「世界の工場」として知られる中国国内では、このような自国の特徴を生かし、需要に合わせて短納期で少量生産を行い、オンライン経由で直接販売するというビジネスモデルが既に存在していました。SHEINはインフルエンサーマーケティングなどSNSを駆使して世界中の消費者に宣伝を行い、この手法を海外展開したことで、大きな成功を収めました。
現在は、広州に限らず、どこにいても世界中にマーケティングができる時代です。このような視点を持つことで、新しいビジネスチャンスが見えてくるのではないかと私は思います。
世界的な売上をあげている企業はビジネスにおいて様々な工夫をしています。本日取り上げた事例が、みなさまのビジネスにおいてヒントや気づきになれば幸いです。
【お役立ち資料】グローバルアパレル企業TOP10に見る「店舗とECの未来図」
対談|齊藤 孝浩氏 × フルカイテン矢田
矢田:ご講演ありがとうございました。対談では、私が普段ご支援させていただいている企業様の視点から、お悩み相談といった形で、齊藤様に疑問をぶつけていきたいと思います。
まず一点目は、ECに取り組む多くの企業が直面している、EC vs リアル店舗の構図についてです。ご支援している企業の中でも、オムニチャネル化を大々的に進めている企業様は多いですが、蓋を開けてみるとなかなかうまくいっていないと言う事例がいくつかあります。
具体的には、ECでの欠品をなくそうとするあまり、店舗が後回しになって欠品が多発する、というケースがよく起こっているように思います。ECと店舗の在庫配分については、どのようなアプローチを取れば最適化できるのでしょうか。
齊藤氏:ECと店舗の在庫配分については、柔軟性が重要だと感じています。最初にECや店舗の売上目標に合わせてECか店舗かで在庫を割り振ると思うのですが、その際に完全に在庫を分けてしまうのではなく、需要に合わせてタイムリーに対応するのがポイントです。在庫を管理する店舗や倉庫の立地の問題もあるので、難しい企業もあるかもしれませんが、需要予測や計画はあくまで仮説なので、実際の状況に応じて修正していくのが良いと思います。
矢田 なるほど。1点気になったのですが、最初に入ってきた在庫を融通する・店間移動を行うと、物流費や人件費がかかってしまうので、本来はやる必要がなければ、やりたくない業務ではないかと思います。物流コストが年々高騰しているのに加えて、クリックアンドコレクトなどで他店舗受け取りができるようになってくると、店間移動の必要性についても疑問を感じているのですが、この点はどうお考えですか。
齊藤 そうですね。店舗で工夫をして在庫を売り切る努力をするというのはとても重要なことですが、私自身は店間移動はやるべきという立場です。理由は、商品は計画通りに売れることはないからです。それを前提にすると、やはり需要に応じて販売機会のある場所に柔軟に在庫を配置し直すべきなのではないでしょうか。
もちろん、先ほど言及があったように店間移動はコストがかかるため、移動する在庫量を減らすことは意識した方がよいとは思います。ただ、ある店舗で売れずに値引き対象になってしまう商品も、他店舗に移動すれば定価で売り切れることがあるので、適切な店間移動は粗利を高めることにつながります。経費を削減するといった観点だけでなく、広い視野で全体にとって何が良いかを考えることが大切です。
矢田:ありがとうございます。ECと店舗の在庫配分の課題について、大変参考になりました。もう1点伺いたいのが、ECにおける組織づくりについてです。オムニチャネル化が進む中で、店舗とECをどう融合していくべきかというのは重要なテーマだと思います。
例えば、私の経験上、ECが組織の上でマーケティング側についてることが多く、店舗側とEC側が組織的に分離しているケースがよく見られるのですが、このような組織的な壁は店舗とECが融合して連携を図るとなった時に、弊害となるのではないかなと思っています。オムニチャネル化を進める上で、ECと店舗は組織的にどのような関係であるのが最適だと思われますか。
齊藤氏:なるほど、難しい問題ですね。組織はやはり役割分担をしなくてはならないので、ある点での分断は避けられないとは思います。しかし、各部署での利益相反が起こってしまうと、揉めてなかなか話が進まないですよね。
しかし、そのような問題が起こった時に大事なことは、顧客にとってどうするのが一番良いか、を考えることだと思っています。各部署にとっての利益はそれぞれにあるでしょうが、顧客の視点に立って一度状況を整理し、やるべきことの切り分けを行うことが大事です。お客様が何を求めているか、という原点に立ち返ることでそれぞれが別の組織に属していても、同じ方向を向いて協力できるようになるのではないでしょうか。これからはそのために各自の数値責任やルールを見直す時かも知れません。
矢田:なるほど。部分最適ではなく、全体最適をめざすことが店舗とECを融合する上で非常に重要なのだなと知り、勉強になりました。ありがとうございました。
まとめ
- 売上TOP10企業の決算の明暗を分けたのはEC戦略
- 売上TOP企業に学ぶ店舗・EC戦略
- 宅配ECをあえて行わないプライマーク
- 店舗の在庫をECと共有するインディテックス
- 自社構築したECインフラを他社に貸し出すネクスト
- 急成長企業の新たな戦略
- アクティビティで顧客エンゲージメントを高めるルルレモン
- 生産地から消費者に直送するSHIEN
- ECと店舗で連携を行う際は、部分最適ではなく全体最適で考える
- 在庫配分は需要やその時々の状況を見て柔軟に対応する
- 顧客にとって良いことは何かを一番に考える