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小売業が知るべきデータマーケティングの罠

小売業にとって顧客の購買データは虎の子の財産です。しかしそうしたデータもそのままの状態ではただの記録物であり、フォーマットなどを整備して分析できるデータにしなければ意味がありません。

さらに、分析できるようにしたデータをマーケティングに活かす段階でも、データにかけられた様々なバイアスに意思決定を歪められないようにしなければなりません。こういった知見やスキルは変化の激しい時代の企業経営を担う経営者にとって必須のものと言えるでしょう。

そこで、『人は悪魔に熱狂する』『データから真実を読み解くスキル』などの著者でデータサイエンティストの松本健太郎氏が、小売経営者が陥りやすいマーケティングの罠について、行動経済学の知見を活かして解説します。

登壇者:松本 健太郎氏(株式会社JX通信社 マーケティングマネージャー)
1984年生まれ。
龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で”学び直し”。
その後、株式会社デコムなどでデジタルマーケティング、消費者インサイト等の業務に携わり、現在は「テクノロジーで『今起きていること』を明らかにする報道機関」を目指すJX通信社にてマーケティング全般を統括している。
政治、経済、文化など、さまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とし、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌にも登場している。
近著に「人は悪魔に熱狂する」(毎日新聞出版)、「なぜ「つい買ってしまう」のか?~「人を動かす隠れた心理」の見つけ方~」(光文社)などがある。

※本コンテンツは、2021年6月22日(火)に開催されたウェビナー「『人は悪魔に熱狂する』著者・松本健太郎氏登壇! 経営者必修!バイアスに左右されない小売マーケ戦略」での講演・対談を基に制作しました。本ブログはこちらのレポートでも読むことができます。

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データを疑ってかかれ

松本氏:顧客の購買データが大事だというのは否定のしようがない事実だ。ただしデータそのものは生まれたての赤ちゃんのように純粋無垢ではありません。データには既に様々なバイアスがかかっており、データにするということそのものがバイアスだと僕は思っています。だからデータをいかに疑ってかかるのか、これが今回のテーマです。

まず、数字で考えるということがいかに信用ならないかということ。

新型コロナウイルス感染者数について、2020年3、4月の第1波を思い起こしてほしい。未知のものに対する恐怖感があったのではないでしょうか。これが第2波になると感染者数は2倍に増え、第3波になると3倍、4倍になりました。

それぞれの時の感情を思い起こしてみると、感染者は間違いなく増えているのに、怯えや恐怖は来る波ごとに次第に衰えていったというのが正直なところだと思います。第1波から第2波で感染者数は大きく増えているから怯えや恐怖もますます高まるはずなのに、実際にはそうなっていない。「こんなもんか」「大丈夫かな」と楽観視する人が多くいました。数が増えれば、恐怖も増大するというのが定量的な発想です。

これに対し、数が増えているのに楽観視する人が増えるのは何故なんだろうと考えるのが定性的な分析であり、かつデータを疑ってかかる姿勢です。ここで重要なのがバイアス。思考の歪みと考えてもらえれば良いです。

コロナを例に取ると、感染していない人と現在生き残っている人だけを調査しているので、誤った信念をもつ傾向があります。第1波のときは「私も感染するかもしれない。もしかしたら死んでしまうかも」と考えていたのが、第2波、第3波と生き延びて「私は感染してないから大丈夫」と考えてしまう。

実際にはどうだったか。僕の勤務先であるJX通信社がまとめたデータによれば、感染しなかったのは偶然だし、この先ずっと感染しないとは限らないということが分かります。つまり、数字を見た際、自分に都合のいいように解釈してしまう人が多い。数字を正確に評価できないから行動が歪んでしまうのです。

そうした行動の歪みと密接に関係するのが参照点(※)というポイント。人は「得をすること」よりも「損をしないこと」に熱心になるといわれています。例えば0.05ドルを得ることで感じられる価値は、0.05ドル失うことで感じるマイナスの価値よりもずっと小さくなります(上図)。

※利得と損失の判断を分ける基準点

ここで重要なのは、何を基準にするかということです。人は参照点を客観的に設けることができず、主観的にしか設定できない。分かりやすい例がコロナ感染者数の推移です。9~10月の第2波と第3波の谷間における新規感染者数は、第1波のピークの平均値よりも多かったです(下図)。

しかし、第2波が参照点になってしまっているので、「まあ落ち着いたかな」と考えてしまう。でも、第1波の最中にいた人がもし第3波の時期にタイムスリップしたとしたら、感染者数が多すぎて卒倒していたのではないでしょうか。要するに、人は時間の経過に伴って何を基準にするかで、いとも簡単に行動が変わってしまうということです。

人は合理的に非合理的な選択をするということを、人間相手の分析で忘れてはいけません。そして、バイアスを除去したうえで数字を読まないといけないケースが非常に多く存在します。実際に厚生労働省のクラスター対策班になぜ行動経済学者が呼ばれているかを考え合わせれば、自ずと理由は見えてくると思います。

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消費者は無自覚に嘘をつく

松本氏:次に、データそのものは答えにならないというお話をします。なぜデータを用いて分析するかというと、優れた意思決定をするためだ。ということは、優れた意思決定を下せるのであればデータ分析は不要ということになります。

では、なぜそのデータは信用できると言えるのでしょうか。基本的に消費者は無自覚のまま嘘を言う。原田泳幸氏が社長だった頃、日本マクドナルドは新商品の開発に当たって消費者調査を行った。ヘルシー志向という時流もあって「サラダ」という回答があったのでサラダマックを商品化したら、見事にスルーされ、半年で店頭から消えてしまいました。

なぜ消費者は「ヘルシーなものが良い」「サラダを食べたい」と答えていたのに、サラダマックをスルーしたのか。これは、同調バイアスによって「周りがヘルシー志向だから、自分もヘルシーなものが食べたい、と言っておこう」となったからです。本当に欲しいものがある場合は別として、こういうことが起こります。

大事なのは、消費者がつく無自覚な嘘と、それに基づく無意味なデータを見破ることで、消費者の「本音」に近づくことです。アンケートをするときも選択肢自体を疑う目も求められます。

練習問題を1つ。SNSで投稿されていたメッセージ(下図)を見て、僕は「はい、ウソついている」と直感的に感じました。なぜかと言うと、丁寧な生活を心がけている人が用意しているべきグラスが写真に映っていないからだ。買ってきたお寿司や惣菜は丁寧に皿に取り分けるような人が、エビスビールを缶のまま飲むわけがありません。

小売マーケティングの視点で考えるべきは、「丁寧な生活をしている人にどのように寄り添えるだろうか」ではなく、「丁寧な暮らしにあこがれる背景にはどんな欲求が隠れているのだろうか」です。つまり、丁寧な暮らしをしていない人が丁寧な暮らしをしたいと思うきっかけを作ることが重要になります。基本的に疑ってかかるというのはこういうことです。

そして、消費者というのはモノを買っているのではなく、そこから得られるベネフィット(便益)を買っています。でも、消費者にとっての便益を、定量的なデータをエクセルでごにょごにょ回すことで見つけられますか? と皆さんに改めて問います。定量分析は、消費者心理を数字に置き換えて分析する行為であるのに対し、定性分析は、消費者の言葉を深

掘りして「意味」を解析する行為です。僕は定量分析1に対して定性分析3くらいの割合がいいのではないかと思っています。

まとめると、課題を解くのには定量データを、課題を発見するために定性データを使うということです。

仮説なきエクセル業務は価値を生むのか

瀬川(フルカイテン株式会社 代表取締役):私はIT化が進んで定量的データが重視されるようになったのではないかと思います。エクセルでデータから「根拠」や「ファクト」を見つけ出そうと奮闘している人が増えていますし。でも、こうした“根性エクセル”は価値を生んでいるのでしょうか。

松本氏:エクセルが登場したことで、誰でも高等数学レベルの演算ができるようになり、課題解決のための数的手法にものすごく幅が広がったのは事実です。

一方で、ビジネスは課題を発見し、発見した課題の解決を通じて儲けることだと僕は捉えています。現状は解決すべき課題がほぼなくなっているのに、解決にリソースを割いているのではないでしょうか。バランスが悪いです。

瀬川:アパレルではだいたい皆さん、在庫の消化率や回転率をエクセルで計算し、何万SKU分を管理しています。でも、どんな目的で算出しているのかを聞くと、「昔から使っているから」など、明確な答えは返ってきません。

仮説もなしに指標を見ても意味がないのに、どうして多くの会社でそうしたことが続いているのか、私なりに仮説を立てました。消化率が重要だった時代があったんですよ。市場がどんどん拡大していた頃からバブル崩壊までは在庫を積めば積むほど売上が伸びて利益が上がっていたので、在庫の消化率が大事だったんですね。でも今は成熟市場になって消化率を追っても意味がないのにそれを続けているのが現状です。

松本氏:B2Bマーケティングでも規模に応じて見るべき指標は絶対に変わります。例えば、ある指標が75%の時、77%へ2ポイント引き上げるためにかかるリソースが、売上にどれだけ寄与するかという話をすると、「ちょっと計算してみます」となります。分析する人は単純にデータを見て解を導き出すのが仕事ではなくて、適切な問題を設定することが真の仕事

だと思います。

お客様の来店理由を考えよ

瀬川:アンケートの選択肢自体にバイアスがかかるというケースもありますが、定性的なデータを見るためのコツはありますか。

松本氏:小売業の方でしたら、実店舗に行った方がいいと思います。何が売れているかではなく、どんなお客さんが来店するか。そしてお客さんの服装や年代、滞在時間や動線を事細かに観察します。そうすることで消費者を理解する解像度を上げていくんですね。「どんな人が来店しているか」から「なぜ来店してくれたのか」へ上がるイメージです。極端な例を挙げると、マクドナルドの本質的な競合はモスバーガーではなく吉野家だと捉えることですね。そして「なぜ」の答えが見つからなかったら市場調査に進むべきでしょうね。

瀬川:FULL KAITENユーザーさんのアパレル店舗で昨冬、薄手の衣服を店頭に残していたらコンスタントに売れるという事象がありました。理由を調べたところ、「厚手のアウターの下に薄いものを来たい」という欲求があったんですよ。従来ならセールで処分してしまうような薄手インナーを「秋冬用」として再打ち出しし、売上を増やしていました。

松本氏:春夏もの、秋冬ものというシーズン分けはあくまでメーカー都合ですからね。衣服の生地の厚さ・薄さや長袖・半袖はあくまで機能であって、それを着て何をしたいかというのがまさに消費者目線のベネフィット(便益)ですよね。

瀬川:仮説なしでデータを見たところで意味はないですよね。「仮説なきエクセル業務は無意味だ」という共同宣言を出しましょうか(笑)。

松本 その通りですね(笑)。定量分析をしている人の多くが、無意識のうちに仮説を作ってしまっている、あるいは無意識のうちに仮説を持って分析しているんだということは改めて気に留めておいていただきたいです。全く仮説なく数字をドリブンしたところで、海に溺れるだけです。無意識の仮説というものを、意識的に持って分析してほしいですね。

まとめ

  • 人は数字を都合の良いように解釈してしまうため、データを分析する際はバイアスを排除しなければならない
  • 課題を解くのには定量データを、課題を発見するために定性データを使うと良い
  • 分析業務ではデータから答えを導き出すだけではなく、正しい課題を設定することも重要

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