価格戦略は消費者との心理戦|行動経済学と事例から見る、値付けのポイント
2023年春夏物から一部商品を値上げした良品計画については、フルカイテンブログでも2023年1月19日公開分で取り上げました(ついに値上げへ…無印良品の路線変更から考える2023年の価格戦略)。
1月19日公開ブログでは、社会心理学や行動経済学からのアプローチが消費行動を促す点で有効であることが実証されていることを大枠だけご紹介しました。
本記事では「影響力の武器」として知られる6種の法則の中から、「社会的証明」と「希少性」について取り上げます。商品起点のマーケティングだけでなく、価格戦略に違った視点が得られるはずです。
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客にタオルの再利用を促す最適なメッセージは?
世界中で200万冊以上が売れている『影響力の武器』という著書をご存知でしょうか。米国の心理学者ロバート・B・チャルディーニ博士が、説得術や承諾誘導、交渉に関する研究結果をまとめた名著です。セールスマンや広告がどのように人の心理メカニズムに入り込み、モノを売っているのかを、解き明かしています。
消費者として読めば、あの手この手の売り手に騙されないようにする術が得られますし、企業人として読めばマーケティングについて深く学ぶことができます。
同著に書かれている有名な例を挙げましょう。あるホテルにて、宿泊客が連泊する際、タオルを再利用してもらうためのメッセージを検討していました。
- お客様がタオルを再利用することで環境保護に役立ちます
- 当ホテルの宿泊客の大多数はタオルを一度は再利用しています
この2通りのメッセージを試行した結果、再利用する客の割合に大きな差が出ました。なんと(2)の方が20ポイント以上高くなったのです。
チャルディーニ博士は、この要因を「社会的証明」と名付けました。社会的証明とは、ある状況下での人の行動は、他の人がそこでどう行動しているか或いはしてきたかによって決まるという原理です。
人は何をすべきか確信を持てない時、他人の行動を見聞きして自分の行動を決める「類似性」と言ってもよいでしょう。
冒頭のホテルは、社会的証明の端的な事例と言えます。客室内に置く1枚のメッセージカードのわずかな表現の差が、宿泊客の行動を大きく左右したのです。
参考:『影響力の武器 第3版』https://www.amazon.co.jp/dp/4414304229
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不良在庫だった宝飾品の値段を2倍にしたら完売
次に、小売業と関わりが深い価格に関する事例を『影響力の武器』からご紹介します。
米アリゾナ州の観光地にあるジュエリー店の店主が、トルコ石のアクセサリーがなかなか売れずに困っていました。ある時、買い付けのため店を空けることになり、留守を預かる主任に半ばヤケになって「値札を全て1/2で売るように」という指示を出した書き置きを残しました。
2分の1ですから、半額で売れということですね。
ところが主任は「1/2」を「×2」、つまり2倍で売れという指示に読み違え、値札を倍額に書き換えてしまいました。その結果、どうなったでしょうか。なんと、あれだけ売れなかったトルコ石のアクセサリーは元の値段の2倍で完売したのです。
ちなみに、この店主はチャルディーニ博士の友人だそうです。
『影響力の武器』によれば、この現象は行動経済学で説明できます。人間の脳は物事を判断する際、情報収集の手間を省いて迅速な意思決定をしがちです(専門用語で「思考の近道」「判断のヒューリスティック」と呼ばれたりします)。
オンラインのレビューや口コミに基づいて飲食店を予約するのが好例ですね。
冒頭のトルコ石のアクセサリーに話を戻します。元の価格の2倍の値段が書かれた値札には、商品の価値判断に必要な全ての情報が含まれていたのでしょうか? 答えはノーです。
観光地のジュエリー店に来る客というのは、値段相応というルールで生きてきた人たちです。「価格が高い = 良いもの」という価値観に従って意思決定をすれば判断に間違いはない、という思考の近道を辿ったということですね。
示唆に富むパナソニックの「指定価格制度」
パナソニックが推し進めている家電製品の指定価格制度が小売業にとって大いに示唆に富むので取り上げたいと思います。これは、『影響力の武器』に出てくる「希少性」とも関連します。
指定価格制度は、パナソニックが量販店からの返品に応じる代わりに、店頭販売価格を指定する仕組みです。2022年から洗濯機などの一部製品で本格的に導入しました。
家電量販店では、発売から一定期間が過ぎた商品は価格を2~3割下げて売り切るのが一般的です。しかしパナソニックは売れ残った商品を引き取る代わりに、店頭での値引きを認めないことにしたのでした。
この制度は、新製品がヒットしなければ在庫の山を抱えるリスクと表裏一体の関係にあります。しかし、パナソニックは量販店と販売データを緊密に連携させることで克服しているそうです。
本年5月31日の日経新聞記事(電子版)によれば、店頭商品の販売動向や在庫データをリアルタイムに共有することで、地域や店舗ごとの売れ行きを見ながら工場の生産量を調整するとのことです。
一部の家電量販店とは、ドラム式洗濯機で試験導入を始めた。パナソニックの宮地晋治執行役員は「ほぼ欠品なく、実需に対して供給ができている」と手応えを語る。
日経新聞電子版:2023年5月31日公開「パナソニック、家電に『松下パーパス』 量販店と共存共栄」
洗濯機以外にも幅広い家電を対象にして、複数の家電量販店にデータ連携を呼びかけていく。流通在庫を半数以下に減らし、将来的に欠品をゼロにすることを目指す。
パナソニックホールディングスの楠見雄規社長は「流通に対しては欠品も過剰在庫も発生させない。お客様は安心していつでも購入できる。3者にとって一番」と強調する。
同記事によれば、2023年3月期は指定価格制度により粗利益が改善したことで、営業利益が100億円超押し上げられたそうです。
ウォルマートのEDLPと「希少性」
このパナソニックの事例を見て、筆者は真っ先に米ウォルマート(Wal-Mart)を思い出しました。ウォルマートといえば、エブリデー・ロープライス(EDLP)(※)が代名詞ですが、EDLPの本質は「安売り」ではありません。本質は製販を通した全体最適化にあります。
※特売商品や特売期間など条件付きで割り引くのではなく、いつでも低価格で提供するという販売方針。
米国の小売業最大手であるウォルマートの経営理念から生まれた。
例えば、普通の食品スーパーが販促のために実施する特売は、目玉商品を大きく値下げするものです。しかしウォルマートは値下げプロモーションはしません。サプライヤー(メーカー)から安く買い叩くこともしません。年間を通して上下しない一定の取引原価を設定しているのです。
つまり、EDLPはサプライヤーによる協力が必要不可欠なのです。数あるサプライヤーの中で、P&Gが最初にEDLPに呼応したことはよく知られています。Wal-Martの配送センターでP&Gが自社商品の在庫をモニターし補充する仕組みでした。販売データをサプライチェーンの上流から下流まで共同管理して初めてEDLPは成立します。そして、その利益はメーカー、小売(ウォルマート)そして消費者の3者が享受しています。
パナソニックが一部家電に導入している指定価格も、販売データを小売(家電量販店)と連携させているのがカギになっています。ウォルマートの「いつでも安い」という特徴とパナソニックの指定価格は、商品の値段に対する消費者の信頼を高めている点で共通していると言えるでしょう。
価格に対する消費者の信用は、『影響力の武器』では「希少性」として取り上げられています。ある商品の供給が制限されていると、人はその対象がより価値があると認識し、興味や欲求が高まる傾向があります。
そして、その裏返しで私たちは何かを利得を得るよりも何かを失うことを避ける強い心理的バイアス(損失回避バイアス)を持っていますから、ある商品を定価で買った後、同じ商品が値下げされているのを見たら、「価格」に対する信頼は地に堕ちるわけです。
『影響力の武器』では他にも次のような原理が解説されています。
- 一貫性
- 返報性
- 権威
- 好意
本稿では紙幅の関係で取り上げられませんでしたが、ご興味のある方はぜひ同著を手に取ってみてください。フルカイテンブログでも稿を改めて取り上げたいと思います。
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