賃上げできる小売企業だけが生き残る|原資確保へ値上げが必須に
最近さまざまなメディアで企業の「賃上げ」に関するニュースが取り上げられています。今春、大手企業では平均で3.9%の賃上げが行われたほか、中小企業でも賃上げ率は平均3.5%でした。
一方で、物価上昇率の方が賃上げ率よりも高いため、物価変動の影響を除いた実質賃金は2%ほど減少しているのも事実。企業は今後も増益を続けて賃上げを継続する必要があるのです。そして、企業が賃上げの原資を確保するには「値上げ」に成功しないといけません。
本記事では、小売の賃上げに対する向き合い方について考えていきます。
賃上げでも実質的な給与は減少という怪
直近で賃上げが最も大きく取り上げられたのは、本年5月19日の日経電子版のこの記事ではないでしょうか。
この集計は従業員500人以上の大企業のうち21業種241社が対象です。定期昇給とベースアップを合わせた賃上げ率は平均3.91%で、前年より1.64ポイントも上昇しました。3%台後半の水準は1993年以来30年ぶりとのことです。
では、日本の企業の大半を占める中小企業ではどうなっているのでしょうか。日経新聞と日経リサーチが非上場企業を対象に実施した調査の結果が本年5月16日付日経産業新聞に掲載されました。
これによると、従業員300人未満の企業の定期昇給とベースアップを合わせた平均賃上げ率は3.57%となり、前年比で1.38ポイント上昇したそうです。
ただ、大手企業の3.91%とは小さくない差が開いており、厳然とした格差が生じています。
さらに水を差すのが物価上昇です。
厚生労働省の毎月勤労統計調査(確報、従業員5人以上)によれば、2022年度1年間における物価変動の影響を除いた実質賃金は、前年度に比べて1.8%減少しました。マイナスは2年ぶりです(下グラフ)。
名目上の給与総額は増えたものの、物価上昇が給与総額の伸びを上回ったため、実質的な賃金が目減りした形です。2023年度は、中小企業でも3%台後半の賃上げが続き、かつ物価上昇が落ち着けば、実質賃金がプラスに転じるかもしれません。
労働力不足は加速度的に深刻化する
従業員の給与(賃金)は、会社側あるいは経営者からみればコスト(経費)です。一方で従業員は消費者でもあり、得た給与を使って消費をします。
物価が上昇するなかで、実質賃金が上がらなければモノやサービスが売れなくなり、回り回って企業業績に響きます。
これとは別に、労働力の急減という問題も経営者を待ち構えています。経済産業省の資料によれば、日本の労働人口は1995年の約8700万人をピークに減少に転じており、2015年までの20年間で約7700万人へ減少しました。
高齢化が進んでいますから、ここ数年の減少スピードは加速しています。
これまでは、高齢者や女性の就労率上昇で辻褄が合わされてきた感があります。しかし、高齢者の就労も限界が近づいています。東大名誉教授・伊藤元重氏による興味深いコラムが日経MJに掲載されていましたので、一部引用します。
それから30年、主要国で高齢化が進み、米国で19%、英国で10%、ドイツで4%まで高齢者の労働参加率が上がっている中で、日本は26%と依然としてトップである。ただ、この30年で2ポイントしか上がっていない。高齢者の4人に3人は働かないことは変わっていない。ちなみに、15~64歳の男性の労働参加率は84.6%である。
(2023年5月1日付日経MJ「伊藤元重のエコノウオッチ」)
女性も高齢者も労働参加率がこれ以上上がる公算が小さいと想定されます。さらに高齢化が進めば、労働力不足はさらに深刻になるでしょう。国際的に見て他国は賃金が上がっていますから、外国人労働者を増やすことも現実的ではありません(技能実習制度は既に実質的に破綻しています)。
伊藤氏は同コラムで、次のように主張しています。
人の取り合いが激しくなり、労働移動がさらに進む。労働者はより雇用条件が良い仕事を求めて動くようになる。持続的に賃金を上げていかないと、人の確保も困難になっていくはずだ。
(2023年5月1日付日経MJ「伊藤元重のエコノウオッチ」)
人手不足で苦しんでいる企業にとってはこうした流れは厳しいことではあるが、日本全体にとっては経済活性化の大きなチャンスである。労働者がより条件の良い企業に移ることで生産性や賃金が上昇していくことが社会全体の活力を維持していく上でも有効であるからだ。
裏を返せば、持続的に賃金を上げるなど待遇改善ができる企業には人が集まってくるということです。小売というのは、消費者の生活と直結しているという点で社会とのつながりが強い産業ですから、今後の動向に筆者も注目しています。
値上げで賃上げの原資を確保しよう
賃上げを継続するには、その原資となる粗利益(粗利)を増やさなければなりません。そして、粗利を増やすには、売上を増やすか売上原価(原価)を減らすかの2通りしかありません。
まず、原価を減らす手法について考えてみましょう。原価低減には大量発注・大量生産が必要です。そして原価にお金をかけられませんから商品そのものや付加価値によって差別化が難しいので、自ずと価格競争になってしまいます。
しかし価格競争に勝てるのはごく一部の巨大企業だけです。そしてコロナ禍以降は巨大企業といえども消費トレンドと価値観の多様化によって、巨大企業といえども大量に抱えた在庫を売り切ることが難しくなっています。
つまり、原価低減はリスクが大きいことが分かります。
次は売上を増やすという選択肢です。売上を伸ばすには単価を上げる(値上げする)か客数を増やすか、あるいはその両方が必要です。
ただ、日本では値上げはまだまだ難しく、経営者にとっては勇気が要る判断でしょう。
それでも、一部の巨大企業にしか勝ち目がない価格競争に打って出るよりは勝算があるはずです。大多数の企業は消費者の多様化した価値観に対し、付加価値で応える争いに移行する必要があるでしょう。
企業は粗利益を稼ぐことで投資を回せるようにならないと、付加価値の高い商品開発が可能になりません。労働環境やITへ投資する原資を確保するという意味でも利益は重要です。
労働環境やITに投資できず、業務負荷が高いままだと、業務が属人化するとともに、従業員のスキルの再現性が向上せず、その企業でしか通用しないスキルばかり身に付くことになりがちです。そういった環境は確実に敬遠されます。
クリエイティブな人が求めるのは「商品原価に投資できる環境」です。そうした環境の中だからこそ、クリエイティブな人材がさらに付加価値を生み出すという好循環が加速するのです。
以下は、フルカイテン代表・瀬川がかねて唱えていることですが、「従業員の幸せ」がキーワードになるでしょう。「幸せ」は今や、理系の研究分野になっています(下図)。
国内外の研究者が、ほぼ同じ統計数値を公表していて、勤務先の会社において「幸せ」を生み出す要因が脳波の測定等で定量的にわかっています。
従業員の「幸せ」を生み出すための投資に必要な原資(キャッシュフロー)を得るには、値上げは必須です。そして、値上げの先にある「賃上げ」ができる企業だけが生き残っていくでしょう。
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