Loading…

小売企業が知らなくてはならない「ビジネスと人権」|日本繊維産業連盟の副会長が解説

以前まで、「人権」という言葉は各種ハラスメントといった狭い範疇で捉えられがちでしたが、ここ数年はビジネスの論理で人権対応を考えることが必須となりました。

海外を見渡すと、欧米諸国では企業の人権リスクに対し厳格に臨むルールの法制化がかなり進んでおり、遅れていた日本でも企業向けの人権ガイドラインの策定が予定されています。

こうした人権リスクへの対応には相応の費用と労力がかかるため「コスト」と捉えられがちですが、むしろ「投資」「事業機会」と捉えることで、事業を差別化するための活路を見いだせるでしょう。

本稿では、全産業の中でいち早く人権ガイドラインを策定した繊維産業を例に「ビジネスと人権」をひも解いていきます。

※本ブログは、弊社フルカイテンが2022年11月10日に開催したウェビナー「ゼロから分かるビジネスと人権 『人権重視』を新たな価値軸に ~繊産連副会長がガイドラインを徹底解説~」での講演・対談を基に構成しています。

なぜ今「人権」なのか

まずは企業の人権対応の大本となる「人権デュー・ディリジェンス」(次章で詳述)に至る歴史を俯瞰してみましょう。

第2次世界大戦の後、1948年に世界人権宣言が出され、76年に条約化しました。これが人権問題の基本になります。同年にはOECD(経済協力開発機構)が多国籍企業行動指針を制定し、翌1977年にはILO(国際労働機関)が多国籍企業宣言を採択しました。これらの背景には、先進国(および先進国に本拠を置く多国籍企業)が発展途上国で好き勝手に経済活動をしているという途上国からの苦言がありました。

その後、1990年代まで地球環境問題を含め長期にわたる議論がなされました。その末に、2011年に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を策定したことが、ビジネスと人権にとって大きなエポックになりました。

ラナプラザ事故が世界中の企業を動かした

ただ、このような原則ができたからといって、多くの企業が動き出すものでもありませんでした。実際に社会が動き出したきっかけは、2013年にバングラデシュで起きたラナプラザ崩落事故(※)でした。

(※)複数の縫製工場が入ったビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、1127人の死者を出した事故。詳しくはこちらで解説しています。

多くの縫製企業の従業員が犠牲になりましたが、その縫製企業が多くの世界的なアパレル企業と取引していたため、ファッション業界が世界的な非難の的となったことは記憶に新しいところでしょう。

実は国連のビジネスと人権に関する指導原則には次の3つのことしか書かれていません。

  • 人権を守るのは国家の義務である
  • 企業には人権を尊重する責任がある
  • 被害者が救済措置を得るメカニズム

この3つが人権対応のポイントになるということです。この中で特に企業にとって重要な2つ目についてはデュー・ディリジェンスという手法を使って実践するよう規定されており、OECDがガイダンスを作っています。

重要性を増す人権デュー・ディリジェンス

企業の人権対応において欠かせない手続きが「人権デュー・ディリジェンス」です。人権DDと略されることもあります。

デュー・ディリジェンス(DD)は、金融業界では投資や融資をする際に対象のリスクや収益性について詳細に調査・分析する手続きを指す言葉として広く使われていますよね。これを人権に当てはめると、企業活動を詳細に調査・分析することによって人権上の課題をあぶり出し、それを解決するという意味になります。

国内外では昨今、社会が責任ある企業行動を要求する動きが急速に拡大しています。人権対応をしないと、社会がその企業を許さないようになっているということです。そして、ここで言う「社会」には、株主だけでなく従業員、消費者、取引先、金融機関など全てのステークホルダーが含まれます。

そして、産業界で最も人権DDを重視しているのが金融機関です。彼らは人権DDをおろそかにしている企業に対しては投融資をしません。人権DDに真剣に取り組まないと資金調達ができないという状態がすぐそこまで迫っていると言えます。

人権DDの基本哲学は「経営方針」

ILOとともに人権ガイドラインを策定した日本繊維産業連盟の副会長、富吉賢一氏は、「人権DDは経営方針そのものだ」と説きます。経営トップが「人権を守ります」という経営方針を示して経営システムに組み込むこと(コミットメント)をしなければ、中間管理職をはじめとした従業員は行動を開始できないからです。

出典:日本繊維産業連盟

社内だけではなくサプライチェーンの管理においても、このコミットメントは重要になります。「経営トップが指示をしない限り、調達担当をはじめとする役職員がきちんと動ける保証はなく、トップが知らないうちに人権侵害が起こる可能性があることにも留意すべき」(富吉氏)とのことです。

ステークホルダー・エンゲージメント

次に重要なのがステークホルダー・エンゲージメントです。エンゲージメントは「建設的な対話」と訳されることが多いですが、富吉氏は「経営者と従業員との間で事実関係がきちんと伝わる関係を築くためのコミュニケーション」と解説しています。

この「従業員」には自社の従業員だけでなく、取引先の従業員も含まれます。取引先企業が従業員とのエンゲージメントを実践できるよう、自社と取引先との間でもエンゲージメントを行うことがポイントになります。

また、人権侵害などの問題が起きる場合は往々にして様々なところから複数の問題が発生します。その場合、人材リソースが限られる中小企業において複数の問題に一度に対応するのは恐らく無理でしょう。ただ、これを気に病む必要はありません。人権DDの世界では、優先順位をつけて一つ一つ順番に取り組むことが肝要だからです。

ただ、この優先順位付けは、やりやすい問題から取り組むのでなく、人権侵害の深刻度が高い問題から取り組むことが鉄則です。深刻度の考え方は様々ですが、一番重要なのは人の生命・身体に影響が起こりうる人権侵害であれば、それを最優先することになります。

取引先の人権侵害にも責任を負う

取引先に対する自社の責任も見逃せないポイントです。人権侵害のパターンは次の3つに分類されるでしょう。

  1. 自社の企業行動が社内の人権侵害の原因になる(cause)
  2. 自社の企業行動が取引先の人権侵害を助長する(contribute)
  3. 自社の役務提供に当たり取引先の部門等で人権侵害がある(directly linked)

(2)は例えば、短納期発注が取引先における違法労働を助長することになり得ます。発注元が発注先の労働者の強制労働を助長したということで、人権ガイドライン的には✕です。この場合、短納期発注をやめるしかありません。

(3)については、取引先の行為をチェックすることが必要になります。縫製を委託している事業者において人権侵害が発生すると、結局は自社の製品に結びつくからです。富吉氏は「結びついている以上は対応が必須であるというのが人権DDの考え方」と指摘します。

コストも人権意識も「外部化」をやめよ

※この章は、富吉氏と弊社フルカイテン代表・瀬川直寛によるウェビナーでの対談の要約です。

瀬川 日本ではSDGsやESG経営が環境問題に偏っている印象があります。

富𠮷 人権対応にしても環境対応にしても、最も積極的に動いているのはEU(欧州連合)です。欧州は人権と環境を同列に扱っています。両方大切にしていて、どちらかに比重を置いているわけではないんです。

瀬川 どうして彼らは同列に見ることができているんでしょうか。というのも、企業が人権問題に一所懸命に取り組んでも「どう儲かるの?」と経営者は考えてしまうと思うんですよ。

富𠮷 SDGsはあくまで持続可能な「開発」目標であり、その根幹にあるのは「人」なんですね。そこで謳われているのが、貧困や女性差別を無くすこと、子供を大切にすること等です。SDGsの第1目標は貧困を無くすことであり、人が生きていくうえで必要な環境保全も入っているという優先度です。

そして2013年のラナプラザ崩落事故では世界の有名ブランドが大きな非難を浴びました。消費者も「私たちはあんな劣悪な環境で作られた服を着ていたのか」と思い至りました。ステークホルダーが人権侵害をした上でつくられた製品は買いたくない、という方向へ急速に変わりました。

日本でも特にZ世代はそういう傾向が強いと言われています。人権対応は、やらないとモノが売れなくて企業経営が成り立たない、換言すれば設備投資と同じだと捉えるべき時代が来ています。

瀬川 人権対応は企業として投資する分野になるという点にはすごく賛同します。日本ではこの10年間、全産業全企業の国内売上高は1.1倍の増加にすぎないのに当期純利益は4.9倍になっています。

この間、企業は生産拠点を海外に移転し、国内の賃金を全く上げませんでした。この裏側で起こっているのが技能実習制度の矛盾であり、海外における児童労働なんだろうと思います。これは生産コストを外部化した結果であり、人権意識の外部化も進行してきたと言えるのではないでしょうか。

富𠮷 おっしゃる通りですね。人権デュー・ディリジェンスは、一度外部化してしまったものを内部化する手続きとも言えます。企業が自主的な努力でコストと人権意識を内部化しようとしたら、やった企業が不利になるとの指摘もあります。だから欧米は法令で強制的に内部化させようとしているんです。

そしてサプライチェーンはグローバル化していますから、域外企業も対応しないといけない。企業は人権デュー・ディリジェンスによって人権侵害がないことを繰り返し証明し続けるしかありません。

出典:日本繊維産業連盟

瀬川 コストを内部化しようとすれば、調達コストや製造コストは間違いなく上がります。

富𠮷 コストの外部化によって生産性を上げていく時代は終わったということです。これまでは単に(工程を)外に出すだけでコストが下がっていたわけですが、これからは外部化以外の手段で生産性を上げる努力が必要になっていきます。

瀬川 コストを外部化(海外へ大量発注)した結果、売れるはずもない量が生産されているという意味では、財務的には効率化になっていないと言えますよね。人権対応に投資することでコストを内部化すれば、原価が増えて生産量が減るので、付加価値投資とみることができます。

富吉 調達価格を下げるという形で効率化を図るビジネスモデルはもう通用しないのではないでしょうか。海外へのアウトソースはコストは下がりますが人権リスクは大きく上がります。

そのリスクが顕在化するとブランドイメージに傷が付き、大きな経営上のマイナスになります。ラナプラザの事故はその典型例です。逆に先進的な取り組みを続ければ、それが評価されて売れるようになります。特に私が注視しているのがZ世代の消費行動です。彼らが消費の中心になった時、やっていない企業はマーケットから弾き飛ばされますよ。

瀬川 私は毎年1回、関西の高校でSDGsを切り口にした特別授業の教壇に立たせていただいています。生徒さんたちは驚くほど調べていますよね。

富吉 情報公開は必須です。Z世代はインターネットで調べ、ちゃんと取り組んでいるブランドの商品を買います。取り組み内容をウェブサイトで公開していなければ彼らの情報収集に引っ掛からないので、彼らからすれば存在しないことと同じです。途中経過でも良いので、「ここまでやりました」と宣言するだけでも大きな違いですよ。

「人権対応投資」の原資を生み出す『FULL KAITEN』

在庫を効率よく利益に換える小売企業向けクラウドシステム『FULL KAITEN』は、不要な値引きを抑制しプロパー消化率を改善できるほか、客単価も向上させられるので、在庫を増やしたり在庫を余分に持ったりせずとも売上・利益・キャッシュフローを増やすことができます。

「人権対応」にかかるコストを「費用」と見てコスト削減に動くのではなく、新たな価値を生んで事業を差別化するための「投資」として捉えることが必須です。FULL KAITENは、売上・利益・キャッシュフロー改善に向けた業務負荷を低減させながら、人権対応投資の原資を稼ぐことに貢献します。

プロパー消化率を改善させる方法がわかる資料はこちらから


お気軽にお問合せください

セミナー開催情報
代表取締役・瀬川が語る
アパレル業界の
縮小する国内市場で
勝ち抜く粗利経営