コロナ下の新たな経営指標は 「3つの回転率」
これまでアパレル経営で重要とされてきた様々な指標が、コロナ禍によって役に立たなくなってきています。では、新たなKPIは何なのか。それは、商品回転率と現金回転率、そしてトレンド回転率という「3つの回転率」です。
本稿では、『生き残るアパレル 死ぬアパレル』著者で業再生スペシャリストの河合拓氏が、この「3つの回転率」について詳しく解説した内容をご紹介します。商品、現金、トレンドがバラバラに動くコロナ下において、3つの回転率を追うことで経営改善につなげる手立ては何なのでしょうか。
※本稿は2021年12月9日に弊社フルカイテンが主催したウェビナーでの講演・対談がベースになっています。同じ内容のPDF版レポートをこちらからダウンロード可能です(無料)。
時代錯誤のQR(クイックレスポンス)が逆効果に
私(河合)はこれまで多くの企業の事業再生のお手伝いをしてきましたが、最近増えているのが「現金がショートしてきた」というケースです。これらをよく見てみたら、QR(クイックレスポンス)が現在は機能していないという事実が浮かび上がってきました。QRが却って企業を窮地に追い込んでいるんですね。
近ごろ、新聞を読むと「QRでアパレルと取引していく」と豪語する卸・商社が多いことに気付かされます。しかし、私に言わせれば、全然売れないアパレルと付き合うためにQR対応をしているとしか思えません。
というのも、直近のアパレルの市場規模は、ピークだった1990年(約15兆円)の半分になってしまっており、QRが役に立っていたのであれば、価格下落による市場規模の半減は起こりえなかったからです。
かつて衣料品はローンで買う物だったので15兆円ありましたが、現在は価格が半分になって供給量が2倍になりました。
でも需要量は2倍にはなりません。1リットルのバケツに2リットルを水を入れようとしても1リットルしか入らないのと理屈は同じであり、QRで少しずつ入れようとしても1リットル以上は入らない点は変わりません。“QR論者”はこの事実から目を背けています。
なぜそんな状況になってしまったかといえば、経済失速、ゾンビ企業をも生き永らえさせる政策金融、「サステナビリティ対応」圧力、そしてグローバルSPAによる価格破壊などが要因として挙げられます。
そして今回一番言いたいのは以下に挙げる「3つの回転率」です。
「在庫回転率を上げたい」という企業が大半ですが、在庫回転率というのは、営業の人間から見れば「トレンド回転率」のことを指しています。トレンドはすごく不確実で、よく動くために読み切れないので、細かく刻んで乗っかっていこう、というのがトレンド回転率です。
それに対して「商品回転率」は、とにかく在庫が増えないようにするために存在します。
そして「現金回転率」はキャッシュフロー安定のために見る指標です(図1)。
これら3つが一緒に回っていたときは良かった。しかし今はバラバラに動いています。経営者が「在庫回転率を上げよ」と指示を出した時に、トレンド回転率を上げようとする人、商品回転率を上げようとする人、現金回転率を上げようとする人が出てくるんですね。
そして、彼らは全く別の動きをします。すると最悪、現金がショートして黒字倒産間際になってしまいます。
トレンドを高速回転させる
では、3つの回転率がそれぞれ乖離してしまう理由を考えてみましょう。
まずはトレンド回転率。従来、シーズンは4つに分けられていましたが、グローバルSPAによってシーズンという概念が破壊されました。ZARAは1年に12回転させています。
例えば、売れている要因が「カラーは黒、首が長めでシルエットはダボっ」とします。単品管理をしていると、同じ商品を生産するしかありません。だから同じ素材や工場を探すことになります。
でもZARA式に考えると、売れている要因に合致すればニットでもカットソーでもいいわけで、素材や工場が異なっても構わないわけです。つまり素材をあらかじめ備蓄して工場も押さえ、リードタイムをしっかり確保し、店舗投入の時期を12回に分ければいいんです(図2)。
一方、ユニクロはVMDを作り変えて新しいように見せています。だから商品が全く新しいものに変わらなくても構わないんですね。つまり、2ヵ月かけて生産した商品でも、投入する時期を1ヵ月ごとにずらせば、消費者から見れば12回転していることになります。
要はヒットする要因をハードとソフトに分けるということが重要なんです。素材や工場(作り方)はトレンドを外してもよくて、同じタートルネックなら素材が違っても、ニットでもカットソーでもいいからです。
これによって何が起きるかというと、トレンド回転率は上がる一方で、商品回転率は下がってしまいます。半製品の在庫を押さえることも必要になります。
これからは、アパレルが素材や半製品も押さえ、必要なリードタイムをかけながら、トレンド回転率をX(変数)として追いかけることが必要になるということです。何を作るかは、トレンドのタイミングに合わせて判断すれば良いからです。
つまり回転率というものは分離していきます。従来は、何が流行るのか分からないから、最初に型番を横に広く展開して投入し、1回転目、2回転目でS、A、B、Cを追いかけていました。でもこの手法は今では余剰在庫の温床になっていますよね。
また、商社を外して直貿化すると間違いなくコストが増えます。なぜかというと、日本は金利が世界一安いからです。金利が高い海外で自ら素材や工場を押さえればFOB(貿易の際に本船に積み込むまでの費用とリスクの負担を含めた価格条件)が上がるのは当たり前です。素材や工場を押さえるのに必要な金利分を負担しなければいけないからです。
そうなるくらいなら、ユニクロのように商社金融を活用する方がよほど良いでしょう。例えばアパレルがカシミアを直貿化すると、最も価格が安くなる2月に押さえ、8月に生産に入る。そしてセール込みで売り切るのは1年後になる。つまり2月にキャッシュアウトしてから回収するまで1年かかるということです。
でも商社金融を使えば、アパレルは仕入れてすぐ売上として回収できる。要はキャッシュフローの観点と原価の見方を混同しているんですよ。
直貿で原価は下がらない
(※以下、河合拓氏とフルカイテン代表・瀬川直寛による対談の抄録です。)
瀬川(フルカイテン代表):まずはQRからお聞きします。QRがきちんと機能していた頃はどんな時代背景だったんですか。
河合氏:結局、情報が限られていたんですね。世の中の流行が分かりやすかった。QRはもともと米国で出てきて日本に入ってきたんですが、中国産製品の安さに対抗するため、顧客起点でオペレーションを高速回転させるタイムベース理論が基礎になっていました。
しかし現在は、商社はアパレルから何か頼まれた時に無茶をやる“やっつけ仕事”になっています。だから私は「きちんと必要な時間を取ろう」と言っているんです。「努力と根性で2週間で納品しろ」というアパレルからの無茶な要求に商社が無茶をして応える商慣習をいつまでも繰り返していては、アパレル産業に何のメリットもありません。
そして、素材のリードタイムです。素材の開発を含めて1ヵ月で完結するのなら良いですが、現実には既存の素材しか使えない状況に陥っています。アパレル製品の差別化の源泉は、デザインは出尽くしていて素材しかありません。
それなのに拾い物の素材を使って作るしかない。素材を一から作るためには3ヵ月はかかるからです。つまり、「1ヵ月で商品を作れ」というのは素材が既にあることが前提なんです。
瀬川:年間4回転から12回転へビジネスモデルを変えることは論理的に考えれば真っ当なのに、なかなかできない理由は何でしょうか。
河合氏:「理屈は分かるけど机上の空論だよね」という意識でしょうね。12回転にしようとすると、MDが連携しない、あるいはMDー生産部ー商社の三連携が機能しないといった問題が出てきます。結局MDは在庫を持ちたくないですから半製品を商社に押し付けますし、商社は川上に押し付けます。契約が口約束ですから。本来なら計画的に生産するために自分たちで素材を押さえないといけないんですが。
瀬川:直貿で目指していることは製造原価を下げることだと思いますが、実際下がっているんですか。
河合氏:直貿で製造原価は下がりません。直貿と言っても日本国内渡しで、コンテナへの積み込みは商社の代わりに中国公司がやっているだけなんです。要は「直貿」と言っても外貨送金をしているに過ぎない。さらに海外は日本よりも金利が遥かに高いので、その分がコスト増になります。
成長するアジアに目を向けよ
瀬川:今後、何らかの方法でアパレル業界全体の売上を以前の15兆円に戻すことはできるのでしょうか(ウェビナー参加者からの質問)。
河合氏:私はデジタルSPAが解決策になると考えています。商社がクラウドでマスターを1個持って、透明にして。売上が200億円しかないブランドでも調達先が200も300もある例はザラなので、そこをデジタルSPAプラットフォームによって1つに絞り込んで戦略的に付き合っていくということです。5枚複写の紙伝票なんてさっさと止めて、商社がアパレルを束ねて川上へまとめて送ってあげるということが今デジタルでできるわけですよ。しかもデジタル化すればファイアーウォールによって秘密も守りやすくなります。もっと合理的に考えましょう。
在庫をカシコク回して、経営をもっと楽にする。
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【プロフィール】
事業再生スペシャリスト
河合 拓 氏
Arthur D Little,・カートサーモンUS Inc.・アクセンチュア戦略グループ・日本IBMのパートナー(共同経営責任者)を歴任し、日本とアジアで50以上の小売企業の再建に成功した日本で唯一のコンサルタント。企業買収、デジタル導入、海外進出の3つおいて独自の理論を持ち、数多くの提言は業界に多くの影響を与える。IFIビジネススクール講師、企業買収ファンド(Private Equity)のマネジメント・アドバイザ。 国内外での年間講演回数は20を超え、2016年経済産業省に提言した「デジタルSPA」は産業復興政策の切り札として採用。NHK「クローズアップ現代」、国際衛星放送「Bizz Buzz Japan」のコメンテータとして出演。代表著書「ブランドで競争する技術」は、中国語に翻訳されアジアでベストセラーとなる。2013~16年東証一部上場企業の社外役員。